文化祭実行委員-Girl's side-「君との恋の物語」-spin-off-

3

1回目のホームルームを終えてから、私の心はどうにもおかしい。。
いつもそわそわとして、落ち着かない。
文化祭のことは、上手く流れが作れたし、肇とも、いいコンビになれそうでホッとしている。はずなのに。。
何でこんな。。こんなに。。














授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
当番の人は掃除の準備をして、それ以外の生徒は部活へ行くか、帰り支度をする。
私は、準備も早々に部活へ向かう。


すると。。



『肇!またな!試合頑張れよ!!』
前田君の声。自体は別にいいんだけど、聞こえてきた名前につい反応しそうになった。。
これよ。最近の私のおかしなところ。
肇と言う名前への反応が異常過ぎる。。
同じクラスなんだから、本人の姿は見えているし、それは自然なこととして受け入れているのに、どうして名前にだけ反応するのかしら。。




(じゃぁね、肇。)



やめなさい私!なんであの時の事なんか思い出すのよ!!
今そんなこと関係ないでしょ!?
あの時は、急に名前で呼ばれてびっくりしたのよ!!
そうよ!特に深い意味なんかないの!!
急に呼ばれて、びっくりしたから、咄嗟に呟いちゃっただけよ!!
なんて言うの?その、脊椎反射みたいなもんよ!!


『あ、ねぇ、東堂!』
は?誰よこんな時に!って勢いよく振り返ると
%*$€¥♪☆#////!!!




「や、柳瀬。。なによ。どうしたの??」
それしか言えなかった。
なによ、なんか引っかかるわね。。

『いや、顔赤いけど大丈夫??具合でも悪いんじゃ』

誰のせいだと思ってんのよ!?って叫びそうになったけど飲み込んだ。。

「だ、大丈夫よ。ちょっと、今日暑くて。そ、そう言えば、今週末試合だったわよね??あの、やっぱり観に行っていいかしら?剣道なんて、他で見る機会ないし、それに。。」
肇が剣道してるところ、観てみたいなんて言わないでよ私!らしくないわよ私!!
『それに??』
変なとこ突っ込まないでよ
「あぁ、いいの!ごめんなさい、なんでもないわじゃもう行くからまた明日ね!」
一気に捲し立てて逃げるように走った。

引っかかってなんかないわ!
東堂って呼ばれたのなんて何も気にしてない!!
私だって柳瀬って呼んでるんだから当たり前でしょ!?





音楽室まで思いっきり走ったので余計に暑くなった。
いや、暑いのは走ったからよ。
落ち着きなさい私。
音楽室に入った以上、私にはやるべきことがちゃんとあるわ。

私はパートリーダーではないけど、クラリネットでは1stを吹かせてもらっている。
当然、パート練習を仕切るのはパートリーダーである。
今日はなによりもしんどい音程合わせ。
最近は急に気温が高くなってきたので、より音程合わせが大変になった。
それに、今年コンクールで演奏する予定の曲は、ゆったりとしたメロディが多いので、音程はすごく気になる。。
後一ヶ月ちょっと。皆で頑張るしかないわ。
音程合わせも概ね終わり、曲の練習に入る頃には残り30分を切っていた。

やっぱり、骨が折れるわね。。
楽器を片付けながらそんなことを考えていると。
『東堂、お疲れ様。』
樋口ね。
顔を上げると、案の定樋口が立っていた。
「お疲れ様。」
『今度の日曜、肇の試合には行くのか?』






!!!!
ちょっと。まだ部活の時間内なのにその名前を出さないでよ。。
まぁ、いいわ、昼間より落ち着いてるわね、私。
「えぇ、行こうと思ってるわ。剣道なんて他では観ないし、肇が一生懸命戦っているところも観て、みたいしね。」
言いながらとんでもないことを口にしていることに気付いて変なところで切ってしまった。
でも、まだ大丈夫。動揺を悟られてはないわ
『そうか。よかった。肇もきっと喜ぶよ。楽しみだな。』
「そうね。あ、そうだ樋口。」
聞いておかないと
『ん?』
「あの、試合には、さぎりは一緒に行くのかしら?」
『え?行かないと思うけど、なんで?』
なんでって。。
「いや、えっと、もしさぎりも一緒に行くなら、私も一緒にって思って。。樋口は、剣道やってたんでしょ?私、剣道のことはほとんどなにもわからないから、教えてもらえたらって思ってたんだけど。。」
すると樋口はニヤニヤしていた。
なによ、気持ち悪いわね。
『別にさぎりがいなくたって二人で観たらいいだろ?そんなに気を遣わなくても大丈夫だよ。さぎりには、俺から言っておくし。』
いや、でも
「そんな、そんなのさぎりに申し訳」
『ないなんてことはないよ。心配してくれてありがとな。けど、俺達は大丈夫だよ。』
すごい自信。。いいわね、あなた達。
いい?なにが?
「そう、ならいいけど。」
いつか、私にも恋人ができる日が来るのかしら??
『東堂に、もし彼氏ができたら、それは心から信頼できると思った男だと思わないか?それと同じだよ。俺達は、お互いに信用しているから、剣道の試合を観に行くくらいは全然大丈夫だ。』
人の心を勝手に先読みしないでほしいわね。。この、樋口という男はそういう人。

心から信頼できる男。。
信用なら、樋口だってできるけど、信頼ってなると。。













肇なら、信頼できるかも。。















試合当日。樋口とは会場の入り口で待ち合わせた。
いくら大丈夫と言われても、周りの目は気になるので、少し距離を取って歩く。
『肇の試合は第4試合場からスタートだな。』
今日は個人戦。肇と、剣道部の主将が出場する。
団体戦は昨日行われ、負けてしまったらしい。
『主将は第一試合場、他の優勝候補もほとんどブロックはバラバラだ。この大会でも、名前の知れている選手が肇を含めて9人はいる。その中の一人だけは肇と同じブロックにいるんだ。』
そうなの。。っていうか、肇ってそんなに強かったの??
「肇って、そんなに強いの??」
『強い。実力だけなら主将とほぼ互角。むしろスタミナと体幹の強さなら肇の方が上かもしれない。スピードなら主将に分があるけど。。』
そんなに。。まぁ、確かに、肇って思ったよりがっちりした身体してるのよね。。



いや、夏服だから腕が見えただけよ!!


『東堂?』


「え?なに?」

『いや、いい。なんでもない。』
またニヤニヤしてる。なんなのよ!!
「なによ!気になるじゃない!」
ちゃんと言いなさいよ
『いや、肇が強いって聞いて嬉しそうだなと』
「なっ!嬉しそう!?私が!?」
私、どんな顔してるのかしら。。
『ま、それでも今年はレベルが高いからな。肇が関東大会にいけるかどうかは、五分五分かな。』
「そう、なんだ。。」

そうね、今は心を乱されてる場合じゃないわ。
ちゃんと試合を観よう。その為にきたんだもの。
私は、正直剣道のルールはよくわからない。
なんで今のが一本なの?とかそんなレベル。
だから、肇のタスキと違う色の旗が上がらないように祈るしかない。

最初にヒヤッとしたのは、4回戦の時。
そこまで相手に一本も取られなかったのに、その試合だけは相手に先制を許してしまった。。
まずいわ。後一本取られたら負けちゃうのよ!
頑張って!!
私は普段から神様に何かをお願いするなんて絶対にしない。だから、今日もお願いはしない。
肇、頑張って!!

【面あり!!】

その瞬間、試合場の周りだけ、どっと拍手が広がる。
私も手が痛くなるほど拍手した。
よかった。
取り返した。
でも。。
『あんまり時間がないな。。』
隣で樋口が呟く。やっぱりそうよね。。
「あの、引き分けの場合は?」
それだけ聞くのが精一杯だった。
『延長。ってことになるな。当然、延長になればそれだけ体力も使うから、出来る限り試合時間内におわ』

【小手あり!!】

よかった!!
肇の勝ち!!
「樋口!!」

『うん、よかった!』

でも、やっぱりちょっと大変だったのかしら。。
少し疲れが出てきるように見える。。
それに、準々決勝の相手は確か。。

『相手は、城北高の庄司か。。難しい相手だ。。』

やっぱり。さっき樋口が言ってた、名前の知れた選手の一人。。
長身でスピードもある、実に厄介な相手だって言ってた。。
肇、大丈夫かしら。。?
頑張って!これに勝てれば関東大会へ行けるのよ!!


もう、観ている側は胃が痛くなる程緊張していた。。
庄司という選手は確かに大きい。鍔迫り合いで押し合ったらさすがに辛いと思う。。
素人の私でもそのくらいはわかるくらいの選手だった。
そしてまたしても相手に先制を許してしまった。

【面あり!!】


もう、なんか泣きそうになった。。
お願い、頑張って!!
お互いの竹刀の先が触れる程の間合い。一気に緊張が走る。。
これは。。




一瞬過ぎてびっくりした。
肇はその間合いから真っ直ぐ前に竹刀を突き出す。同時に右足を踏み込み。。。



【突きあり!!】



なに、今の。。突き??
すごい、こんなこと、同い年の子にできる物なの??
素人の私は、ただただすごいとしか思えなかった。。
庄司という選手は、その場でよろけていた。。

『すごい。初めて観た。。』
隣で樋口も目を丸くしていた。
やっぱり。剣道経験者から見てもあれはすごいのね。。

不意を突かれて恐れ慄いたのか、庄司という選手は一気に消極的になり。。

【胴あり!!】

肇が引き胴を決めて試合終了になった。
すごい!!準決勝に進出したわ!!
これで関東大会への出場は確実になった。
肇。。かっこいいわね。。
尊敬するわ。
あれ?そう言えば今の胴って。。

「樋口、今の胴って、打つ方が逆じゃない?」
『うん。あれは、逆胴って言うんだ。そのままだけど。それにしても、肇、強くなったなぁ。』
「私、まさか肇がこんなに凄いと思わなかったわ。あの、さっきの、突き?神業じゃない。」
『うん。突きを試合で決めたのは、多分初めてだと思う。去年からずっと、練習して、温存してきたんだろうなぁ。』
努力。そんな生易しい物じゃない。
きっと、死に物狂いで稽古したんだわ。


庄司を破って勢いをつけたのか、準決勝は苦戦もせずに切り抜け、あっという間に決勝になった。

相手はなんと、昨年の大会でも優勝した作陽高の岡田という選手。体格は、肇と大差ないはずなのに、貫禄を感じる。
肇、気圧されないで。。
タスキの色は、肇が白で、相手が赤

【はじめ!!】

掛け声と同時に奇声を上げて立ち上がる。
双方、目立った動きはない。
じりじりとした睨み合いが続く。。
この緊張感。。今までとはレベルが違うわ。。
ちなみにこの岡田という選手は、準決勝でうちの学校の主将を破っている。。
皆が祈り、心配そうに見守る中、先に動いたのは肇だった。。
相手の隙をついて少々遠間から踏切り、

【面あり!!】

面を決めた。
私は、必死に拍手した!!
いける!いけるわ!!

しかし、相手も去る物。。
全く動揺することなく、じっと肇を観察しているようだった。。
そして。。

【小手あり!!】

肇が動き出した瞬間、小手を取られていた。。
後で聞いた話だけど、これは出小手というらしい。。

再び緊張が走る。。
双方決め手を出せないまま時間が過ぎ、延長となった。



さすがに決勝ともなれば、試合場にいる全員が注目している。
こんなとてつもないプレッシャーの中、出場者の中で最も強い相手と戦わなきゃいけないなんて。。
肇は今、どんな想いなのかしら。。

何度目かの鍔迫り合いの末、また竹刀の先が触れる程の間合いに戻った。すると。。
今度はお互いそこから少しずつ近づく。。
これは。。そっか。。真っ向勝負ね。。

お互い、自分の攻撃が届く範囲にいる。。




誰もが固唾を飲んで見守る中。。。。














一瞬、音が遅れて聞こえたような気がした。。
交差する竹刀。同時に響く声と踏込みの音。。
重なる二人の影。。


【面あり!!】

どっち!?どっちが入ったの!?

















上がっていた旗は、赤だった。。








一拍遅れて、会場全体に沸き起こった拍手が私の耳に届く。


肇も相手選手も、素早く開始線に戻り竹刀を構える。

【勝負あり!!】

掛け声と共に蹲踞。竹刀を納めてお互いに下がり、試合場を出る。








肇。。
ん?視界がボヤけてる。




え?私が、泣いてるの?なんで??
私は別に、悔しくないわ。
なのに、涙が止まらない。
でも、頑張ったのは、肇だから、この涙は絶対見せちゃいけない。
私は、肇の目に留まることのないように体育館を出た。
少し泣いたけど、すぐにおさまった。
珍しい。。私が他人の事で泣くなんて。。
でも、泣いた理由はちょっとわかる気がする。
肇は、私が思っているよりも強く立派だった。私は肇の試合を観ているうちにその事が誇らしくなっていった。私の友達、こんなに強いのよって自慢したくなるくらい。でも、準々決勝あたりからそんな気持ちではいられなくなっていった。
苦戦の直後、すぐ次の試合に臨む姿。その背中には、勝ち続けることのプレッシャー。つまり、負かしていった相手の分まで戦う覚悟が背負われている気がした。勝ち続けるということは、背負い続ける事なんだってわかったら、なんだか切なくなった。
そして勝ち続けた結果、彼は決勝戦で散った。
悔しいという思いはない。でも、背負い続けて戦ってきた肇のことを思うと、やるせなくなったのだ。
その思いが溢れて、私は泣いたんだと思う。

肇、お疲れ様。
あなたは本当に立派だったわ。強くて、誇り高くて優しい。


あなたのことは、心から信頼できる人だって。
そう思ったわ。

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