エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める
2.誰でもよかったわけじゃない
 気持ちのいい秋晴れの日曜日。
 新生活のスタートを切った日だ。

 文くんが承諾してくれた後は両母親が張り切ってしまって、引っ越しまで信じられないほどスムーズだった。

 これまで私が過ごしてきた家は世田谷区。そこから文くんが住んでいる千代田区へ。

 同じ都内でも、雰囲気が随分違う気がする。私の実家がある地域はどちらかといえば長閑な土地柄だった。
 対して文くんの家は二十五階の高層タワーマンション。駅が近くてものすごく便利で、誰が見ても都会という感じ。
 ちなみに文くんが勤務している病院は、地下鉄でひと駅行ったところらしい。

 小さい頃から一軒家で暮らしていた私にとって、マンションに足を踏み入れるだけで新鮮な気持ちになる。

 文くんのマンションは外観や内装のデザインも素敵で、ひとことで言えばホテルライク。あまりに生活感がなくて、エントランスを通るだけでちょっと緊張した。

 部屋は3LDK。ひとつは文くんの書斎、もうひとつが寝室。最後のひと部屋を私が間借りする……というつもりだったのだけど、文くんが取り合ってくれなくて結局タダで住まわせてもらう運びとなった。

 母がリビングの窓から街並みを一望し、感嘆して息を漏らす。

「本当に広いし眺めもいいし、マンションもいいわねー! いつか閉院したら、マンションに越そうかしら」
「それもありね。あ、じゃあ私たち同じマンション探しちゃう? それも楽しそう」

 由里子さんがノリノリで提案すると、母もまんざらではない様子で笑っていた。

「お母さん、大体最低限の荷解き終わったからもう大丈夫だよ。由里子さんも、ありがとうございます」

 ふたりは今日の引っ越しを手伝いに来てくれていた。

「どういたしまして。それじゃ、私たちはお暇しよっか。春菜、どこかでお茶でもしない?」

 母は「いいわね~」と言いながらバッグを手に取る。そして、同じくリビングにいた文くんのもとへ近づいていった。

「文くん、澪のことよろしくお願いします」

 仰々しく頭を下げる母を見て、戸惑いを覚える。けれども、なにかを言えるはずもなく、もどかしい気持ちで見守るだけ。
 すると、文くんは迷わず微笑んで「はい」と答えた。

 母たちが帰っていった途端、緊張が高まる。

 だって、文くんの家に来たのも初めてだし、その上ふたりきり……。この先しばらくこれが日常になるだなんて、まだ全然実感が湧かない。

 私は空になった最後のダンボールを畳んで、声をかける。
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