小さな願いのセレナーデ
在学中から良い演奏をする子だと、そう思っていたのは本当だ。丁寧にミスをせずに弾く子で、決して華があって目立つ方の子ではない。だけど長く演奏家として続けられる子だと思っていたし、続ければ続ける程、評価される子だと思っていた。


だからプロの楽団に入団が決まった時は、ほっとした。
ようやく彼女が長く演奏を続けられる環境ができた。何処かに所属することで、埋もれることなく演奏を続けられる。もうこれで私の役目も終わりだ。きっと彼女の演奏家としての人生も大丈夫だろう、そう思っていた。

ところが彼女は事故にあった。
事故の責任は、正直私にもある。

障害を負って自信を無くした彼女は、楽団を辞めてしまった。しかも妊娠もしていた。恐らく辞めた原因の一つに妊娠期独特のうつ症状もあったんだろうとは今になって思うこと。

何とか子供が産まれて笑顔が戻って、持ち直したのを機に講師に誘った。
引っ越しもさせて心機一転、環境も整えたのは私だ。遡ると子供の名付けだって、私がアドバイスした。
ようやく本来の彼女が戻ってきたと言えるようになってから、まだ日は浅い。


だから、それを何も知らないこの人に……正直少し、苛立ってはいる。


「なぁどう思う?原先生、土屋君」
さっきから二人は、少しドアを開けて聞いていたのを見ていた。
体がびくっと反応して、目が宙を泳いでいでいるのがここから見える。
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