「もう遅いし、『おやすみ』という曲にしましょう」
そして彼の為に、シューベルトの歌曲をアレンジした曲を演奏した。


しばらくすると、彼はうとうとし始める。
いつもそう、遅い時間になると演奏の途中で寝てしまう。怒りたい気持ちは多少あるが、眉間に皺を寄せて仕事をしている姿とは真逆の、全てがゆるみきった顔を見ると、何も言えなくなってしまう。
眠った彼をベッドに運ぶと、彼は目を閉じながらも──幸せそうに微笑む。
「日本でも会おうね」そう呟くように言うと、私を抱き締めた。

──だけどそれは叶わない願いなんじゃないか。
そう思い始めていた。


いつも彼の泊まる部屋は高級ホテルの高層階。プレミアチケットをあっさりと取れるコネに財力。用意するワインやお酒は高級品で、身につけている時計や服もシンプルだけど、全て上質なものばかり。

だからきっと、彼は住む世界が違う人なんだ。そう思い始めていた。



そして、その予感は的中することになった。
帰国後に初めて彼の姿を見たのは、テレビの中だった。