小さな願いのセレナーデ
まさかの担当に

(すごい場所だな……)
翌日、私は「出張レッスンをして欲しい」と言われた場所へ来ていた。


ナビとにらめっこしてきた場所は、東京の中心の一等地にある低層階のマンション。レジデンスと言った方がいいかも知れない。ともかく、凄く豪華なマンションの前に来ていた。

入り口は道路正面ではなく奥にある模様で、石畳が続く道を歩いていく。恐る恐る、ゆっくりと。


────話は遡ること、六時間前。
「下里さーん、元気?」
「あ、蒲島先生」

出勤して教室の準備中、蒲島先生が訪ねてきた。
蒲島毅(かばしまつよし)。年齢は確か六十手前。一応桐友学園大学の教授という肩書きで、私のバイオリンの一番の恩師だ。

「これ碧維君に」
「わぁ、ありがとうごさいます」
袋に入っていたのは、碧維が好きなカレーのレトルトとおやつのクッキー、ゼリーだ。

「先生、何か頼み事ですよねぇ?」
蒲島先生はよく訪ねてくるが、こんな朝早い時間に来るのは珍しい。しかもお土産付きとなると、何かあるのだろう。

「そう正解。あのね、君にレッスンをして欲しい生徒が居るんだけど」と言って、椅子に腰かけた。
これはよくある話で、今までに何度も生徒の紹介をうけている。
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