小さな願いのセレナーデ
「是非とも君に教えて欲しい理由が、高校卒業後はゲルハルド・ヴィスカ氏の元で学ぶんだと。君は何度も彼に学んでいるね?」
「あ、はい、そうですね」

実はあのウィーンで彼に学んでから、去年も今年もオンラインの講習会やレッスンを受けたりして、刺激を貰っていた。

「一応大学は彼の元に行くことが決まっているのだが……どうも高校の講師陣と方向性が違うらしくて」
「あぁ、確かにそうですよね……」
人によって曲の表現や解釈が違うので、先生同士が違うことを言っている、なんてよくある話だったりする。
そして心当たりも一つある。

「だから彼の音や癖を知ってる君が、最適なんじゃないかなーと……」

私の普段の教え方は、この学校の先生方─特にこの蒲島先生の方向性を汲んだ教え方をしている。だけど彼、ゲルハルド・ヴィスカ先生の教える方向性も知っている。だからつまりのところ、上手いこと両方をかい摘まんだ指導をして欲しい。そんな内容をオブラートにくるんだ表現で伝えられた。「このままだと、留年させてしまう恐れもあるんだ……」と力説もされて。

(まぁ確かに、私が指名される理由としては納得するけど……)
出張費込みでの提示された金額は、普段のレッスン料の倍にもなる。
そんなに超有名でも何でもない私が、こんな金額で引き受けて良いものだろうか…とも怖じ気づいてしまう。


(えっと部屋番号は……)
奥まった場所にあった、入り口のオートロックの前に立つ。
渡された住所の通り、部屋番号を打ち込んで応答を待った。
< 39 / 158 >

この作品をシェア

pagetop