「そうくると思いましたよ」賢明の魔術師は、秀麗な騎士をはなしません。⇔蓮雨ライカ

「しっていますよ」







騎士然とした揃いの胸当てを身に付けた若年の男性ふたりが、ローレルの元へと駆け寄ってくる。

ひとりは声をかけてきた方、にこやかに笑っている。
もうひとりの方は複雑そうな、なんとも言えない表情をしていた。

ローレルの前に立つと、両足をそろえて、びしりと直立をする。

「お久しぶりです、連隊長!」
「……違うぞ」
「自分にとっては、連隊長は貴女です!」
「ローレルさん、この方々は?」
「自分たちは部下です!!」
「だから違うだろう」

ローレルは向かいに立つ男の首元を見ながら、自分の首元を指でとんとんと叩いた。

身に付けている鎧の首元には、所属する隊と階級が絵図と数字で表されている。

「連隊長はお前だろ、ヘンリー・ベン」
「貴女がお辞めになったからですよ……」
「ああ、なるほど。ローレルさんの()部下の方ですね」

ヘンリーと呼ばれた方の目がきらきらと輝いているように見えて、リンフォードは何故か腹立たしい感情がむくむくと湧く。
ことさら『元』の部分を強調しておいた。

「……あの、こちらにお住まいなんですか?」
「そうですよ、私とふたりでね。では用事があるので、これで失礼。行きますよ、ローレルさん」
「……じゃあな」

ローレルはわずかに頷いてベンに苦笑いを返すと、さくさくと先を歩くリンフォードの後を追って歩き出す。

いくらか早足で歩いて、すぐに横に並んだ。

「余計なお世話でしたか?」
「いや……助かった。ありがとう」
「しつこく絡まれて嫌そうな顔をしているローレルさんは、これまでにたくさん見ましたからね」
「はは……相手は貴方だぞ」
「解ってますよ」

にっこりとしたままでリンフォードは、集まっている村の人々に朝の挨拶をする。

何か言いたそうに見えるのを、行ってきますと押さえ込んでそのままその場を通り抜けた。

村の出入り口に立つ、昨晩もいた男に、先程の騎士たちの話を聞いた。

街道を進み国境を越え、ハーティエ側に入ってしばらく進んだ辺りで、件の荷馬車が発見されたらしい。
馬も荷も無くなっていたが、荷車には持ち主と住居が記されていた。
それを頼りに騎士たちが事情を聞きに来たとのことだ。

そんな所だろうと推測はしていたので、ローレルもリンフォードも大した驚きはなく、平然とした態度で話を聞いた。

「ご主人や、その奥さんは?」
「いや……それらしい人物は居なかったらしい」
「そうですか……ご無事だと良いですね」
「ああ……メイが気の毒でなぁ」
「まったくです」
「あんたらはどこへ行く気だ?」
「今日はこの東側の山に入ろうかと」
「そうか、気を付けるんだぞ」
「ええ、はい。ありがとうございます」


村を出て、細い山道の入り口まで並んで歩き、リンフォードは昨夜のことを話した。

逃れて帰ったのはメイという名前の少女。
両親に庇われて、一心に走って村まで辿り着いたと聞いた。
正確には分からないが、複数の男に取り囲まれたらしい。

「よほど必死で走ったのでしょう、衰弱が激しいですし、足や腕が傷だらけでした。刃物で斬りつけられたような傷もありました」
「そうか……かわいそうに」
「なので今日は傷に効く薬草も探そうと思います」
「そうだな、手伝おう」


山に入ってしばらく、前を歩いているローレルをリンフォードは背後から見ていた。
行く手の草を払ったり、何かの気配にそちらに顔を向けている。

はと気付いて足元に視線を移す。
薬草を探すことに集中しなくてはと気を変えることにした。

「あ、そうだ。ローレルさん」
「なんだ?」

思い出してその場で背負った荷を下ろし、その中身をごそごそとかき混ぜた。
手探りで小瓶を掴むと、それをローレルに差し出す。

「これどうぞ。虫除けです」
「……もらっていいのか?」
「ええ、もちろん。ローレルさんのために作りましたから」
「……ありがとう」
「いえいえ。山蛭は足が早いから、今からすぐに塗って下さい」
「なぜ山に入ってから渡すんだ」
「うっかりしてました」
「足が早いってなんだ、足なんか無いぞ」
「そうですね、知ってます。正確には体の前後に吸い付く器官があってぐにぐにと体をくね……」
「やめろ」

ローレルは手袋を取ると、小瓶の中味を手の上に出し、あちこちに塗り始めた。

以前に分けてもらったものより、さらりとしていて、薄くよく伸びる気がする。

山蛭は足元から上がってくるとリンフォードが言ったので、手のひらに残っていたものを長靴の足首の辺りにしつこく擦りつけた。

「……前に分けてもらったのと、違わないか?」
「あ、よく気付かれましたね。調合を変えてみたんですよ」
「うん?」
「良い香りがするように、前回の森で捕まえた毒蜘蛛を使ってみました」
「…………は?」
「香りもですが、効き目も抜群に上がったはずです」
「はず?」
「これから実証実験です」
「おい」

リンフォードはにっこりして、呪を唱えるとローレルの手首に触れた。
虫除けを塗った表面を、他人の魔力が走っていく感覚がする。
同時に花のような香りが立ち上った。

「うーん……あれれ。ローレルさんには甘すぎる香りでしたね……改良が必要です」
「効き目の方を気にしろ」
「それはこれからです」

すんすんと鼻を鳴らすと、リンフォードは何ごとかをぶつぶつ呟き、ああでもないこうでも無いとひとりで問答を始めた。

山中では傷以外にも必要になりそうな薬草を摘んで集めるに終始した。




日暮れ前に村に帰ると、当然だが騎士たちは居らず、日が暮れてからは途切れることなくリンフォードの前に患者が訪れた。

ローレルは手伝わなくていいと言われたので、和やかに村の年寄りと話をしているのを横目に、用意してもらった食料の調理をすることにした。

調理すること自体、好きでも得意でもないが、スゥの手伝いをしているので、手順は分かっている。

「……とても美味しそうな匂いです。楽しみだなぁ」
「あらまぁ……ウチのもそう言ってくれれば、私だって張り合いが出るのにねぇ……先生は良い旦那だよ」
「そうですかねぇ?」
「あとは美味しい美味しいって食べれば間違いないね」
「ふふ……任せて下さい」
「さぁて。私も帰って旦那に食わさないとね」
「お大事に、水仕事をする度に薬を塗り直して下さいね」
「はいよ、ありがとね」

人が途切れたのを見計らって、リンフォードは台所に立っているローレルに歩み寄る。
嬉しそうな顔で、鍋の中身を覗き込んだ。

「本当に良い匂いです」
「私のついでだからな」
「ローレルさんの方が良い匂いですけどね」
「それ以上近付くな」
「照れ隠しですか?」
「表に出ろ」
「ケンカ弱いからやめてほしいなぁ」
「軒下に吊るす」
「ふふふ……旦那ですって」
「明日の朝までだ」
「この後も患者さんが来るかも知れないので、吊るすのはまた今度にして下さい」

リンフォードが手伝おうと申し出た時に、村長の息子がやって来た。
誰とは言わず、痛がっているからどうにかしてやりたいと話している。

具体的に容態を聞きながら、リンフォードはローレルから離れて、様々が広げられている食卓に向かった。

「熱が高いんです。うなされて、傷も痛いみたいで」
「……そうですか、分かりました」

摘んできたばかりの薬草を刻んで潰し、呪を唱えながら魔力を流し込む。
油のようなものを混ぜて、小さな鉢ごと渡した。

「傷口に塗って、上から清潔な油紙を被せて下さい。傷を乾かさないよう気を付けて」
「はい」
「あとこっちは熱冷ましです。器の半分になるくらいまで、水から煮詰めて温かいうちに飲ませてあげて」
「はい、ありがとうございます」
「朝までに熱が下がらないようなら、呼んで下さいね」
「分かりました」

落ち着いた様子で薬を受け取ると、ゆっくりと家を出て行った。
その後は走って去って行く足音が聞こえる。

「メイさんを好きらしいです」
「……なるほど」
「彼が支えになったら良いですけど」
「そうだな」
「ローレルさんどう思います?」
「……なんだ?」
「彼女のご両親」
「村長の息子なら文句ナシだろう」
「そうじゃなくて」
「…………亡くなったとは言い切れない」
「そう思います?」
「近くで遺体が見付かってない」
「それがどういうことを意味するかって話ですね」
「なんの荷を運んでいたのかが気になるな」
「ああ、なるほど。目の付け所が違う」
「誰でもすぐ考え付くぞ?」
「そんなことありませんよ、職業柄ですかね」
「何が言いたい」
「言葉の通りですよ。ことのあらましを見られるのは素晴らしい」
「人に対して情が薄い自覚はある」
「私はそんなこと無いと知っていますよ」


村全体が食事時になったのだろう、人が訪れなくなったので、ここぞと食事をすることになった。

リンフォードは年配のご婦人の助言通りに、美味しい美味しいと連発した。

スゥの料理に比べるとそうでも無いので、ローレルはむっすりとした顔でリンフォードを相手にしない。

向かい合って卓に居るリンフォードは、ご機嫌を更に良くして、そんなところも可愛らしいと口走る。

「どうですか、今晩も一緒に寝……」
「断る」
「あらら。そうですか、残念です」

リンフォードは速攻で拒否されたことに、ローレルはすんなりと引き下がったことに、お互いが心中で、ほっと小さく息を吐き出した。



夜が更けてくると、今度はなかなか弱みを見せない性格の男性陣が、ぽろぽろとリンフォードの元に訪れる。

痛いと素直に言えなかったり、家族には話せないような身体の不調を相談しにやって来た。

ローレルは居ない方が良いだろうと、奥の寝室に引っ込んで、そのまま眠ることにした。

ぼそぼそとした話し声は、随分と遅くまで聞こえていた。



朝起きて支度をしようと寝室を出ると、リンフォードは食卓の下で丸まって毛布を被って眠っている。
依頼主を床で眠らせるのはどうかとほんのひと時思わないでもなかったが、なら今夜からこの場所を交代しようかとはひとつも思えなかった。

どちらの立場が上なのかと思いながら、ローレルはしゃがみこんでリンフォードの肩を揺する。

同僚や部下なら足でつつく所だが、ご丁寧にして差し上げているのだから良かろうと、ローレルは自分を鼻で笑った。



もそもそとリンフォードは食卓の下で起きあがろうとして、案の定 卓の天板に頭をぶつけている。

「……おはようございます」
「おはようございます」
「…………よく眠れましたかローレルさん」
「それなりに」
「それは良かった。私の寝顔はどうでしたか」
「目脂が付いてる」
「……ふふふ……顔を洗って出直します」
「私もこれからだ。一緒に行こう」
「うわぁ……」
「なんだ」
「……っと、ここで素直に感想を言うと、ローレルさんの機嫌が斜めになると何度も経験していますので、余計な口は控えます」
「いい心がけだな」

ふたりで外に出て、井戸の方に向かう。

ぐいぐいと身体を伸ばしながら、しっとりと冷たい朝の空気を吸い込んだ。

交代でポンプを漕ぎながら、さらに冷たい水で顔を洗う。

「今日も同じ山に入るのか?」
「いえ、今日は……そうですね、あちらの山にしましょう」

今見えている位置からでも、昨日踏み込んだ山より高く見える。
が、山は山。違いはそのくらいにしかないように思える。

「目当てのものがありそうなのか?」
「うーん。それは行ってみないことにはなんとも……まぁ、確実に昨日の場所には無さそうなので」
「そういうものなのか?」
「ご説明しましょうか」
「いや、興味無い」
「知ればそれなりに面白いと思うんですけどね」


今日こそはと家を出る前から虫除けを入念に塗り込んで出発する。

刺された跡など無かったかと聞かれたが、確かに無かったし、そういえば目の前を虫が横切ることも無かった気がする。

そう伝えると、リンフォードは嬉しそうに、良かったですと笑った。

「でもこう……もっと、すっとした爽やかな甘さでローレルさんを包みたい……」
「私は別に匂いなんかどうでもいいぞ」
「果実のような甘さがお似合いです」
「はいはい」
「瑞々しい張りのあるローレルさんの肌には……」
「もう止めろ」

村の中を歩いていると、途中で待ち構えたような村長の息子に出会う。
目の下に濃く影があったが、熱は下がったと安心したような笑みを浮かべていた。
労いの言葉をかけて、自身も休むようにと約束をする。

顔を合わせた村人とは、和やかに挨拶を交わして、ふたりは村を出た。



小さな庭から見た山はすぐそこに見えていた気がするのに、思ったよりも遠くにありそうだった。

朝日の位置から向かっている方向に、ローレルは僅かに眉を寄せた。

「あの山は国境に近いぞ」
「そうなりますかね?」

街道ではないので、国境警備に見咎められることは無いだろうと、何と言うことの無い様子でリンフォードは歩いている。



賊が出たことよりも国境警備の方を気にしているから、のんきなもんだと包み隠さず言葉に出して、ローレルは大きく息を吐き出した。



北に向かう途中にふたりが遭遇したのは、賊ではなく、上等な装いの騎士たちだった。






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