身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
「ただいまー」

母がいるとしたら居間だろう。椿が廊下を歩き始めると――。

「おかえり、椿」

涼やかな声が聞こえて、椿の足は一歩を踏み出せなくなった。

よく知る懐かしい声。母よりずっと若くて凛とした、鈴を転がすような声だ。

――嘘でしょう?

恐る恐る居間に向かうと、着物姿の女性が畳の上に正座していて、開いた襖からぼんやりと庭の景色を眺めていた。

白練と空色が混じり合う付け下げに、金糸で織られた上品な帯。椿の足音に反応してゆっくりと振り向く。

「ごめんね椿。私がいない間、大変だったでしょう」

「お姉ちゃん……」

半年も姿を消していた姉が突然戻ってきた――。

「もう大丈夫よ。あとは全部私に任せて」

にっこりと艶やかに微笑んだ菖蒲を、椿はただ呆然と、妊娠のことも忘れて眺めていた。


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