身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
彼は呉服屋の娘である椿がこんなときに着てきた着物だからと価値を察したのだろう。

しかし、椿も本来の持ち主である母も、汚れなど気にしている場合ではない。

まだ頭を上げようとしない椿に、彼は呆れたように息をつく。

「そもそも君に謝られたところでなんの解決にもならない」

落胆と残酷さの混じった声だった。おずおずと顔を上げた先で、彼と目が合う。

水無瀬(みなせ)社長は幼気な娘が土下座をすれば、情けをかけてくれるとでも思ったのか。京蕗(きょうぶき)家もなめられたものだ」

目が合った途端、背中にぞっと冷気が走った。こんな威圧的な目をされるのは初めてだ。

……とても怒ってる……。

当然のことだろう。もう五年も交際を続けていた女性が、いよいよ婚姻というタイミングで他の男と駆け落ちしたのだ。怒りを覚えない方がおかしい。

そのうえ、結納金とも言える多額の援助まで支払ったにも関わらず婚約破棄されたのだから、激昂するのは当然のこと。

「本当に申し訳ございません……!」
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