はるか【完】
出会
―――苦しい⋯

―――体が動かない

―――誰か、助けて

―――お母さん⋯




ハッと目を覚ました私は、ガバッと体を起こした。見慣れた自分の部屋。

寝汗をびっしょりかいたせいで、パジャマがボトボトで。
安心のため息をついた時、汗がスっと引いていくのを感じた。


2度目のため息をついた時、枕元に置いていたスマホが鳴っているのに気づく。
どうやら悪夢でうなされていた私を起こしてくれたのは、このスマホの着信音らしく。



『あ、遥(はるか)、やっとでたー』

もしかして寝てた?と電話越しで呆れた声を出す莉子(りこ)。


「ごめん⋯寝てた⋯」

『何時か分かってる?』


何時か?



顔を動かし、ボケーーー⋯っと時計を見れば、もう夕方の16時で。

昨日、明け方まで遊んでいて、家に帰ってきたのは朝の6時ぐらいで。そこから夕方まで眠っていたらしい。


『17時に駅よ、大丈夫?』

「⋯なんか予定あったっけ⋯?」

『昨日、西高の男と遊ぶって言ったでしょ』


言ってたっけ⋯?

ぼんやりと思い出そうとするけど、最近、よく遊んでいる私はいつどこで約束をしているか正直覚えていなく。

記憶があやふや⋯。


『遥、体調悪いの?出てこれる?』

「あーううん、大丈夫、17時にどこ?」

『駅って言ったでしょ』

「あ⋯そうだったね」

『待ってるからね』

「うん」


通話を切り、私はベットから床へと足をつけた。久しぶりに悪夢を見たせいか、まだ頭が回らない。

汗臭い⋯、シャワー浴びよう。

そう思って、浴室へと向かう。パジャマを洗濯機の中に入れ、裸になった私は備え付けられている洗面台の鏡を見つめた。

春よりも、細くなった。
夏休みに入ってから、あまりご飯を食べないで遊んでばかりいる私は、ガリガリってほど細くなっていた。


まあ、太いよりはいい。

そう思うことにして、汗を流すため浴室へと足を進めた。




高校2年、夏休みに入ってから茶色に染めた髪。


カラコン、つけま。
ブラウンのアイシャドウ。
少しピンク混じりの赤いリップ。


太ももが見えるデニムのパンツ。
白いふわっとしたシャツ。

動きやすいようにと少しだけ厚のある花がデザインされたサンダル。


誰もいない家に「行ってきます」ということも無く、私は家を出た。



ギリギリで間に合ったけど、みんなもう揃っているみたいだった。

「ごめんねー、おまたせ!」

私はニコニコと笑い、両手を合わせた。


莉子と、残り2人の女の子は同じ高校。

そして西高の男だと思われる4人も揃っていて。「んじゃ揃ったし行こ」という誰かの声で、駅から離れカラオケに行くことになり。



さすがは不良高の西高。

外見や雰囲気から、4人とも遊んでいるというオーラが放たれていて。


莉子に言われたことがある。

―――清光と、西高の男達を怒らすなと。


特に莉子の隣にいる男からは、そういう雰囲気が滲み出ていた。



「名前、なんていうの?」

そんな事を考えている時、西高の1人の男が、私に話しかけてきて。

柔らかそうな茶色の髪。
少しだけ焼けた肌。
にこりと笑う、かっこいいよりも、どちらかと優しそうで可愛いタイプの彼。
けども身長は高く、男性特有の雰囲気を持っていた。


「俺、裕太(ゆうた)」


裕太⋯。
今日の私の担当はこの人か。
そんな事を思いながら、私は自分の名前を口にした。


カラオケなのに、あまり歌を歌っていない私達は、フードを食べながら、会話をしていた。
会話といっても、ボディタッチを含む会話。

わざとしている薄暗い部屋。

「やだぁ、潤くん」という莉子の声が、耳に届いたりして。



キリのいいところで、私はトイレに立った。カバンの中に入れている化粧品でメイクを直し、大きなため息をつく。

―――疲れる⋯。

やっぱり最近遊びすぎ?

早く部屋に戻んなきゃ⋯。そう思い、カバンの中に化粧品を戻す。



トイレから出れば、先程会ったばかりの人が壁にもたれながら立っていて。


「裕太くん、何してるの?」


私は、にこりと笑いかける。


裕太くんもにこりと笑うと、「遥ちゃんと2人で話したいなって。いい?」と言ってきて。


「うん、いいよ」


そう答えた私に、裕太くんは笑った。




こういう事があるから、動きやすいサンダルにして良かったと思う。
2人きりで話し合う時は、立って話す事が多いから。



「遥ちゃん、男いないの?」

「うん、いないよ」

「別れたの最近?」

「うーん、もう半年はいないかな⋯」

「そう」

「裕太くんは?」

「俺?俺は最近別れて、今日無理矢理 潤に連れてこられた」


クスクスと笑う裕太くん。
潤⋯、確か、莉子の相手だとぼんやりと思い出し。


「そっか、いい子いた?」



分かっているくせに聞く私は、確信犯。


「いたよ」


私を見つめる裕太くん。


「誰?」

私も裕太くんを見つめ返す。
さっき、メイク直して良かったと思った。



「遥ちゃんは?」

「どうかな」

「いないの?」


いるって言わせたいのだろう。

優しそうで可愛い顔をしているけど、こういう会話が慣れている裕太くんは、今まで遊んでいたに違いないと、心の中で思い。


「遥って呼んでもいい?」

「うん」

「俺のことはなんて呼ぶ?」

「裕太かな、いい?」

「うん」


裕太は微笑みながら、私の顔の方へと手を伸ばし。


「何するつもり?」

私は上目遣いで、近づいた距離の裕太を見つめ。


「俺と付き合わない?」

「本気?」

「うん、イヤ?」


ルックスもいい。

遊んではいるけど、性格は優しそうで。

なにより、西高の生徒。



―――西高の生徒は怒らすな。



私は裕太の頬に、両手を伸ばす。



「いいよ、付き合お」


私は、そう言って裕太を引き寄せた。

裕太は意地悪そうに笑い、私の唇にキスをしてきて。誰がくるか分からない、トイレに近い廊下で。まるで壁と裕太に挟まれるように。



キスは何人かとした事がある。
けれどもこんなふうに強引で、優しく包み込むキスをしてくれるのは、初めてだった。






『――いい線行くじゃん、裕太くん、結構モテるみたいよ』

次の日の夕方、莉子に裕太と付き合ったことを報告した。

最近まで彼女がいたっていってたし、あのルックスだし、モテるというのは分かる気がして。

電話越しの莉子は笑っていて。



「西高の男を怒らすなって言ったのは、莉子でしょ」

私はスマホをスピーカーにして、化粧をしながら莉子と電話をしていた。


『そうだけどさ。』


あんな雰囲気で、断われと?


『あの後どうしたの?』


あの後?


「家まで送ってくれたよ。特に何も。莉子は?潤くんと帰ったでしょ?」

4人の男の中で、1番見た目が不良っぽい男⋯。




『えー、あーラブホ行ったよ』

当然のように言う莉子。


「やったの?」

『うん』

「付き合うの?」

『そんな感じのことは言われたけどさ、まだ分かんない。どう見ても遊んでるし』


どう見ても遊んでいる。
確かに潤くんはそんな感じだった。

そう思えば裕太だって、初対面でキスしてきた男。


『いいじゃん、裕太くん。あの4人の中で1番一途なのは、裕太くんって潤が言ってたけどね』


あの4人の中で⋯ね。

世間と比べれば、どうか分からない。


『で、どうする?また集まる?裕太くんいるし、遥はストップする?』


男がいる集まりに行くか、行かないか。

正直、ここ最近、そういう集まりで疲れていたから。

「バレたら怖そうだし、ストップしとく」

『りょーかい。じゃあまた連絡するねー』


通話を切り終え、私はラインを開いた。


『18時頃、迎えに行く』


そんなメッセージが、裕太から来ていて。
化粧を終えた私は、メイクポーチのチャックを閉めた。

昨日付き合ったばかりの裕太は、送り迎えをしてくれる優しい男らしい。


濃いデニム生地のスキニーに、白色のタンクトップ。
腕の露出している部分を鏡で見ながら、また痩せた⋯と、心の中で呟いた。


裕太の部屋は、私が来るためか少し片付けられていた。
紺色生地の布団のベット。膝ぐらいの高さの机。その机には雑誌が置いてあり。
散らばっているのか畳んでいるのか分からない服。

裕太は淡い色より、紺色や黒色が好きみたいで、そういう家具が置かれていた。


一発目から家?と思ったけれど、慣れている男は、それほど深く思っていないのかもしれない。


キスしてくる裕太は、やっぱり慣れていて。
ベットへ私を沈める裕太は、私の頭を撫でながらキスをしてくる。

私は受け止めるように、裕太の頭の後ろに腕をまわした。


「⋯可愛い⋯遥⋯」


そう言って、またキスをしてくる裕太は、きっと私の事をなんとも思っていない。

少なくとも、好きだとは、思っていないと思う。



「裕太⋯あの⋯」

「⋯ん?」

「私⋯、したことないの⋯」


私がポツリと呟くと、私の首筋に顔を埋めていた裕太が、驚いたように顔をあげた。


ねぇ、それほど遊んでいるように見えた?



「したことねぇって⋯やるの?」

「うん」

「マジ?」

「うん」


裕太の質問に答えれば、背中に回っていた慣れた手が、元の位置に戻っていき。


「別に⋯、やめてとかじゃなくて⋯」


完全に私に手を出すことをやめた裕太は、私に跨ったまま見下ろしていて。


「痛いってきくから⋯」

元カノと同じように普通に挿入られても、初めての私は痛いだけで。


「優しくしてくれたら⋯嬉しいんだけど⋯」


申し訳なさそうに私が言えば、裕太は私を跨ぐのをやめた。
私の横に一緒に寝転んだ裕太は、「⋯ごめん」と、何故か私に謝ってきて。


「え⋯?」

「遥のこと、そういう目で見てた。ごめん」


そういう目?


「遊んでるように見えてた?」

「うん」


まあ、そうだよね⋯。

裕太のする行動を、拒否しなかったし。
ああいう集まりには行ってたし。


「俺⋯、浮気されたんだよ」

そう言って笑う裕太。


「最近別れた人?」

「そう。つーか、その女だけじゃない。前も、前の女も浮気とか当たり前だった」

「⋯」

「俺、優しすぎるんだって」

「⋯」

「自分でも自覚あった。なんでもいいよってタイプ。浮気しても全然気にならなくてさあ」


一緒に寝転びながら、私を見つめてくる。


「元々、そんな好きじゃなかったってのもあるけど」

「⋯」

「でもやっぱ、腹立つんだよな、他の男に取られたって思ったら。浮気されて平気なくせにな」

「⋯」


裕太は私に手を伸ばし、私の茶色の髪にふれた。


「そんで、いい機会だし、適当に女見つけて、俺も遊んでやろうと思った」

「⋯それが私?」

「そう」


否定しない裕太は、髪にふれた手で、私の頬を包む。



「適当に付き合って、適当にやって、適当に俺も浮気して別れてやろうって」


4人の中で、1番一途らしい裕太。



「なんで俺と付き合ったの?俺で彼氏、何人目?」


なんで裕太と付き合ったか⋯。


「私、優しい人が好きなの」

「うん」

「⋯裕太で2人目⋯」

「え?」

「遊んでるっていうの、間違ってないよ?付き合ってなくても、他にもキスした男の子はいる。体の関係はなかったけど」

「そっか」

「しないの?」

「しないって、エッチ?」

「うん」

「うん、やめとく」


どうして?


「するつもりで、家に呼んだんでしょ?」


「そうだけど⋯やめとく」

「⋯なんで?」


優しく頬をなぞる、裕太の指先。


「今決めた」


決めた?


「何を?」

「遥と、ちゃんと付き合う」

「え?」

「遥、優しい人が好きじゃなくて、俺の事好きになってよ」


私とちゃんと付き合う?
優しい人じゃなくて?
裕太を好きに?


ゆっくり近づいてきた裕太は、その頬にキスをしてきて。


「⋯大事にするから」


唇を重ねてくる裕太は、私を抱きしめてくれた。



私とやらない宣言をしてきた裕太は、ベットにもたれる私の横に座っていた。
本棚からチラリと見えた中学の卒アル。それを見たいと言えば、裕太は笑いながらどうぞと言ってくれて。


「裕太って、中学の時は黒髪だったんだね」

裕太のクラスを見ながら、私は笑った。

今は明るい髪色に染められいる裕太。



「そんときは黒じゃないと卒アルにのれないって言われたから、染めた」

「じゃあ中学の時も染めてたの?」

「うん」

「中学の時から不良だったんだね」

「俺、そういうの自覚ないんだよなあ⋯」


そう呟いた裕太は、横に座る私の肩にもたれかけてきて。


「そうなの?」

「みんなでワイワイしてたら、そうなったっつーか。俺の中で不良ってさ、喧嘩したり、そういうイメージがある。俺あんまり喧嘩とか好きじゃない」


喧嘩したり⋯。




卒アルのページをめくり、その視界に入ってきた個人写真を、見つめた。

金色に輝く髪⋯。
目つきの悪い、冷え切った瞳。


「この人は染めてないんだね」

「え?」

「この⋯、高島(たかしま)ってひと」


私は高島良と書かれている個人写真を指さした。
裕太は少し体を動かし、卒アルを見つめて。


「ああ、良(りょう)くんな」

「さっき、黒髪じゃないとダメって言わなかった?」

「その人は例外」


例外?


「良くんは、すげぇ‘不良’だったから」



不良⋯。誰かを殴ったりする人⋯。



「遥は?ずっと茶色?」

「ううん、夏休みだけ。うちの学校、校則厳しいから」

「なるほどな、俺、遥ぐらいの髪の長さ結構好き」


長さ?

胸より少し下ぐらい?


「私も⋯」

「ん?」

「裕太の髪型、結構好き」


明るい茶色。少しだけ癖がある裕太の髪は少し遊ばせていて。かといって長いわけでもなく。


「じゃあ、一生これにしとく」


裕太は笑うと、優しく私にキスをしてきて。
裕太はギュッと卒アルを持ったまま私を抱きしめた。


「裕太ってキス上手だね」

「そう?」

「うん、ちょっと嫉妬する」

「なにそのかわいい嫉妬」

「もう、何言ってるの···」


裕太は私の体を離すと、もう一度唇を寄せてきた。


「もう遥にしかしないから」


嘘か本当か分からない言葉。

キスが好きらしい裕太は、しばらくの間、私を離さなかった。



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