はるか【完】
聖夜

クリスマス当日。
いつもの様に裕太が迎えに来てくれて、水族館へ行くことになった。

クリスマスということもあってか、水族館はカップルで溢れかえっていた。
「人多いなあ」と穏やかに笑う裕太に、私もにこりと笑っていた。


はぐれないように、裕太はずっと私と手を繋いでいた。
魚と触れ合う時も、ペンギンショーを見る時も。

私がどこにも行かないように、裕太はずっと手を繋いでいた。


夜ご飯は、いつも行ってるファミレスとは違い、少し豪華なところへ行った。

個室になっているそのお店は、薄暗く、落ち着いたお店で。




「遥、これ、プレゼント」


最後のデザートを食べているとき、裕太が私に可愛くラッピングされた箱を、私に渡してきて。


クリスマスプレゼント⋯。



「ありがとう」



私は笑うと、裕太は嬉しそうに笑った。


「これ、私から」

「マジで?良かったのに」


私からのプレゼントに、裕太は本当に嬉しそうに笑っていて。


「開けてもいい?」

「うん」


裕太がラッピングされたプレゼントを開封していく。
私が選んだのは、ブラウンベースのマフラーだった。裕太はそれを見て、「マジで嬉しい⋯」と、喜んでいて。


「裕太、バイク乗るから、防寒具の方がいいかなって⋯」

「うん、ありがとう。大事にする。俺のも開けてみて」

「うん」


裕太にそう言われ、可愛らしくラッピングされた包装を開けていき。中に入っていたのは、皮で作られたブレスレットで。

レザーブレスレット。


よく見れば、ローマ字で私と裕太の名前が掘られてあり。


「可愛い⋯、ありがとう」

「実は、俺とお揃い」

「そうなの?」

「気にいった?」

「うん、つけていい?」

「逆につけてほしい」


裕太は穏やかに笑い、「貸して」と、私が持っていたブレスレットを受け取り、それを私に付けてくれて。


彼氏とおそろいなんて、初めてだなあ⋯と、裕太につけられながら思って。

ブレスレットをつけ終えた裕太に、引き寄せられた私は、裕太にキスされていた。

触れるぐらいのキス。
なんの抵抗もしない私は裕太にされるがままで。少し角度を変えた裕太は、今度は少しだけ引き寄せる力を強め、キスを深めていき。


「⋯バニラの味する」


意地悪そうに呟く裕太。


「裕太もするよ、柚子っぽい」


そう言うとまた裕太に唇を塞がれ。


バニラか柚子か分からないほど長いキスをする裕太は、「今日、俺の家泊まる?」と甘く呟やいた。

店を出て、裕太とイルミネーションを見に行き、私達は裕太の家へと向かった。


裕太の家は私と同様、あまり家に人がいない家庭だった。夜勤の仕事が多いと裕太は言っていたけど。

今日も裕太の家につけば、あかりはついていなく。もう歩きなれた階段をのぼり、裕太の部屋に入る。

ピピッと暖房をつけた裕太は、マフラーをとり、上着を脱いでいて。
私のプレゼントしたマフラーは、大事にそうに、机の上に置いていた。



「遥、ちょっと来て」

「どうしたの?」


棚に置いていた小さい箱を取ると、裕太は私を呼び、ベットに腰掛けるように指示してきて。

私もコートを脱いだ後、言われた通りに裕太に近づき。


「これ⋯、渡そうかと迷ったんだけど、受け取って欲しい」

「え⋯?」


渡された小さい箱⋯。
その箱には、私でも知っているブランド名が刻まれていて。
ブランド名と、小さな箱で、ある程度の中身に気づいた私は、驚いて裕太の顔を見つめた。


「俺はもう、持ってるから⋯」

「これ⋯」

「遥が俺の事を好きになったら、つけてほしい」


つけてほしいって⋯。
だってこれ、どう考えても⋯。

開けなくても分かる。


「サイズは莉子ちゃんから聞いたから、合ってると思うけど」


指輪のサイズ⋯。


「遥?」


黙り込む私を、覗き込むように見つめてくる裕太。


裕太を好きになれば、つけてほしい。
裕太はどういう気持ちで、この指輪を買ったのか。


「ずっと⋯、待ってるから」


ずっと待ってるから?
いつ、裕太を好きになるか分からないのに?


私の頭を包み込むように優しく撫でてくれる裕太に、私はポロポロと涙が込み上げてきて。
涙腺が熱い。


涙が止まらない⋯。


「⋯⋯遥?」



涙を流す私に戸惑う表情を見せた裕太が、撫でていた手が止めて。


「どうした?」

「ごめんなさっ⋯」

「遥?」

「ごめっ⋯⋯」

「なんで泣いて⋯」

「あたし⋯受け取れない⋯⋯⋯」

「え?」


私は、泣きながら、裕太を見つめた。

どうして私は、裕太を好きになれないんだろう。


「ごめんなさい⋯っ⋯」

そういった時、込み上げてくる涙のせいで、裕太の顔が綺麗に見えなかった。

もう、無理だと思った。

こんな気持ちのまま、裕太と一緒にいることはできない。


「別れて欲しい⋯⋯」

「え?」

「ごめんなさい、ごめん⋯」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ⋯、いきなり何?」


戸惑い、焦り、不安。



「好きな人がいるの⋯」

「何言って⋯」

「ごめんっ、ごめんなさい⋯、ごめんなさい」

「いや、マジで意味分かんねぇし⋯、遥さっきから何言ってんの?」


乾いた笑いを出す裕太に、もう一度「ごめんなさい⋯」と泣きながら呟き。


「謝ってるだけじゃ分かんねぇよ!」

怒鳴り声を出した裕太に、ビクッと体が反応する。


「ごめ⋯」

「え?なに、遥、浮気してたってこと?」


そういった裕太の声が低く、あんなにも優しかった裕太が怒ってしまったのだと、すぐに分かった。


浮気⋯。
これは浮気になるのだろうか。

いやでも、浮ついた気持ちっていう意味だから、間違いではないから⋯。


「二股?」


冷めた口調⋯。



「好きな人がいるの⋯⋯」

「はあ?」

「こんな気持ちのまま、裕太とは付き合えない⋯」

「意味分かんねぇよ!」

「裕太⋯」

「俺と別れて、そいつの女になんのかよ?」


それはない⋯。

私は、もう、溜まり場には行かないから。

彼に会うことは無い。


私は首をふる。


「どういう事だよ⋯」

涙しか流せない私は、イラついている裕太に何も出来ず。


「好きなやつがいるから別れようって?」

「⋯ん⋯」

「けど、そいつの女にはならねぇの?」

「⋯うん⋯⋯」

「意味分かんねぇ⋯」

「⋯」

「俺と別れるから、そいつと付き合うんじゃねぇの?」

「⋯それは⋯無いから⋯」

「なんで?」


なんで?


「相手は、あたしが⋯好きなこと⋯知らないから⋯⋯」

「⋯」

「も、会うことも無い⋯、その人とどうこうするつもりは無い⋯」

「⋯⋯そいつと付き合うわけでもねぇのに、俺と別れんの?」

「⋯っ⋯」

「誰?俺の知ってるやつ?」


言えるわけがない⋯。


「そうなんだな?」

けど、黙り込んでしまったのを肯定ととった裕太は、低く呟き。


「っつーことは、溜まり場?」

「裕太⋯」

「言えよ、誰だよ」

「⋯⋯」

「言えっつってんだろ!」


私は首をふった。
言えるわけないんだから。



裕太は黙る私を見て舌打ちすると、ポケットからスマホを取り出して。


「な、にしてるの⋯?」

「遥と関わった全員に聞く。遥とどんな会話したか」


なに、言ってるの?


「や、やめてよ⋯、そんなこと」

「じゃあ言えよ!!」

「私が一方的に好きなだけなのっ、相手は何も知らないの!」

「だから誰だよ!!」

「裕太が近づくなって言った人だよ!!」

「近づくな?」

「分かるでしょっ、裕太がそう言ったのに!」


私は泣きながら、叫ぶ。



怒りの表情から、戸惑いの顔を見せる裕太は、私の腕を強く掴んできて。


「⋯マジで言ってんのかよ⋯?」


私が誰を好きか、わかった裕太⋯。



「こんな嘘、つかないよ⋯っ⋯」

「な、んで⋯いや、ありねぇだろ⋯」


ありえない?

どうしてそう思うの?


「ほんとだよ⋯ほんとに⋯」

「やめろよっ」


大きな声を出した裕太は、ドンっと、私を後ろに押し倒す。
裕太のベットの枕元に倒された私は、見下ろしてくる裕太に、抵抗することが出来ず。


裕太は落ち着くように、目を閉じ、深い息をついた。



裕太の瞼が開かれる。まるでそれがスローモーションのように感じて。


「―――する⋯」

「え?」

「今の、聞かなかったことにする」


聞かなかったことにする?


「何言ってるの⋯?」

「絶対別れねぇから」

「裕太⋯?」

「いきなり良くんが好きだとか、意味分かんねぇんだよ⋯」

「⋯ごめん⋯⋯」

「ねぇよ、あの人だけはねぇ⋯」

「裕太⋯」

「付き合わねぇんだろ?」

「⋯」

「だったら、俺らが別れる必要もねぇだろ」

「待ってよ⋯」

「もう二度と関わるな、溜まり場にも行くな」

「裕太っ」

「絶対別れねぇ⋯」

「…なにっ!」


私を見下ろしていた裕太は、力づくで私にキスをしようとしてくる。

片手で顎から顔を掴むようにしてきた裕太はに本気で戸惑う。


なんでこんなっ。


私が裕太のことを好きになるまで、そういう事はしないと言っていたのに。


「やめてよっ!」

「黙れ!!」


耳元での大きな怒鳴り声に、ビクッと体が震えた。


裕太⋯?


「もう⋯、待つとかねぇわ⋯」



私を抱こうとしている裕太の手が、止まらない。

私はパニックになっていた。いつも私を抱く時は、私を気遣っていつも抱いてくれていたから。こんなにも一方的な行為は、した事がなく。


どうして?
なんで?

私が別れをきりだしたから。
他に好きな人がいると言ったから。

裕太を怒らせてしまったから⋯。


裕太をこんなふうにしてしまったのは私なんだと思ったら、これ以上抵抗出来なかった。


ずっと心の中で、ごめんなさいと呟いた。



翌朝、目を覚ますと、ズキっと下半身が酷く痛く。

いつもいつも、優しく私を抱いてくれていた裕太。昨晩の行為を思い出す。⋯一方的な行為。


私が好きになるまで、待つと言ったのに。

裕太を好きなったらつけてと言われていた指輪が、いつの間にか箱から出ていて私の左手の薬指にハマっていた。

私が寝ている間に、裕太が付けたのだろう。


別れないと言っていた裕太は、まだ隣で横になりながら「⋯おはよう」と、優しく穏やかに笑っていて。



「⋯裕太⋯」

「今日、どこ行きたい?」


そう言って、私を抱き寄せてくる。
それはいつもの優しい裕太で。

普通に接してくる裕太に、戸惑う。


「遥の好きなところに行こう」


まるで、昨日の出来事は夢だったかのように、ニコニコと穏やかに笑っていて。

夢だった?
本当に?

ううん、夢じゃない。

下腹部の痛みが、夢じゃない事を知らせる。



―――聞かなかったことにする


そう言っていた裕太。

もしかして、ほんとに聞かなかったことにするつもりなの?



「裕太っ、あたし⋯」

「遥」


裕太から距離をとろうとする私を、裕太は逃がすまいと、私の手首を掴み。


「言っただろ」


言っただろ?


「絶対に別れない」


でも⋯、私は⋯。


「俺の事を好きにならないっていう保証はないから」


穏やかに笑う裕太は、いつもの裕太だった。


本当に、無かったように接する裕太は、いつもと一緒だった。

冬休みは裕太のバイト以外、ずっと裕太と一緒に過ごしていた。

裕太は絶対私を溜まり場に連れていかなかった。その理由を分かっている私は、普段通りの裕太に何もその事に関しては何も言えなくて。




「⋯好きだよ、遥」

会う日は必ず、裕太は私を抱くようになった。
裕太に抱きつこうと思えば、

「ちゃんと俺の顔見てて」

と言われ。



「俺の名前呼んで」

「遥の前にいるのは誰?」



何度も何度も、同じことを言う裕太。
それはまるで、洗脳のようだった。
私は裕太の顔を見ながら、ずっと裕太の名前を呼んでいた。

痛かったのはあの日だけで、次の日からは優しく何事も無かったように抱き始め。


―――『溜まり場来ないの?』

そう莉子から連絡が来た時、裕太に別れを切り出してから1ヶ月が経過していた。


「誰?」


スマホを見ながら、返事する私に、裕太がベットの上で寝転びながら聞いてくる。


「莉子⋯」

「なんて?」

「溜まり場来ないの?って」

「行かないって言っとけよ」

「⋯うん」



返事をし、私はスマホを机の上に置いた。



その頃の私は、麻痺していたのかもしれない。


もうこのままでいいんじゃないか。
裕太は優しいし、私の事を思ってくれてるし。私のタイプの人なんだから。

それに比べて良くんは、暴力や暴言は当たり前の正反対の人。私が嫌いなタイプだから。

どっちがいいか、差は明らか。



このまま裕太と付き合っていれば、忘れることが出来るかもしれない。

裕太の言う通りに。

このまま別れなくても。


そう思いながら薬指の光っている部分を見つめる。


「遥、俺の顔見て⋯」


よそ見している私に、裕太が声を出す。




たとえ裕太がずっと2番目のままでも、裕太はずっと私のそばにいてくれるのだから。

1番好きな人は、私に振り向いてくれることはないのだから。



なのに、2月に入った頃、それをやってしまった。

学校帰り、いつも通り私を抱こうと、家に呼んだ裕太に押し倒され。

この数ヶ月で癖になってしまった「裕太」と呼ぶ行為。裕太が私にキスをするために近づいてくる。


近づいて⋯

近づいて⋯



触れようとした瞬間、思い出さないようにしていた黒髪の男の後ろ姿を思い出した。

それは本当に無意識だった。



「やめて!」


私は裕太の胸元に手をやり、裕太を押し退けていた。裕太は私に拒否された事にびっくりしている様子で、「⋯遥?」と、戸惑いながら呟く。


「やめて⋯」


私は両手で、自分の顔をおさえた。


「も、無理だよ⋯⋯」

「無理って、なんだよ?」


なんだよ?
裕太が1番分かってるよね?
私に、裕太の気持ちないことを⋯。




私を抱いている裕太が、1番分かってるはずなのに。


「⋯⋯なんで、良くんなんだ?」


裕太が泣きそうな声で呟く。
私は自分の手で顔を隠しているから、裕太の顔は見えなくて。


「遥のタイプは優しい男だろ?」

「⋯っ⋯」

「俺の方が、どう考えても優しいだろ?」

「⋯っ⋯⋯」

「なあ、そうだろ?」


裕太の言葉に、返事ができない。


「いつから?」


いつから?


「いつから気になってたんだ?」



裕太の手が、私の顔に覆ってる手を退かす。泣いている私は、裕太の顔を上手く見れなくて。


「⋯答えろよ⋯」

「⋯⋯っ、⋯1年の、時⋯」


私がそう言うと、裕太の雰囲気が少し変わったのが分かった。


「1年?溜まり場に来てからじゃねぇってこと?」


裕太が呟いた。

低い声で、少し乾いた笑いを出しながら、まるで理解するように。


「⋯なんだよそれ⋯、俺と会う前だよな」

「⋯⋯」

「なあ遥、もしかしてさあ、良くんと会うために俺と付き合った?」


一瞬、裕太の言っている意味が理解出来ず。


良くんと会うために、裕太と付き合った?

裕太が魏心会の一員だから?

溜まり場に出入り出来ると思ったから?




違う⋯。それは違う。
だって私は良くんが暴走族だなんて知らなかった。


私は首をふる。


「ちがっ」

「俺が出入りしてんの知ってたんだろ?」


それは莉子から聞いてたから⋯。
でも、良くんの事は本当になにも⋯。


「ハッキリ言えよ!!」

怒鳴る裕太。その迫力に、体が恐縮する。


「良くんが好きなくせに、なんで俺と付き合ったんだよ!? 知ってたからだろ!!」

「違う!それは莉子が⋯!」

「あ?莉子ちゃんがなんだよっ⋯」

「西高の男を、怒らすなって⋯」

「は⋯?」



咄嗟の言い訳⋯。
それがマズいと分かったのは、裕太の顔を見てから。
良くん関連じゃない言い訳を必死に探して⋯。


「俺が西高じゃなかったら付き合ってなかったのかよ!!!」


今までも怒った裕太が怒鳴ることはあった。でも、それ以上で。

馬乗りなっているままの裕太は、私の顔の横へ勢いよく拳をおろし。


「ゆ、裕太だって⋯、初めは遊びで付き合ったじゃない⋯」

「それは謝っただろ!今は遥の話をしてるんだろ!」


おろされた拳が、力強く私の肩を掴む。


「痛いっ⋯」

「あいつのどこがいいんだよ!!」

「裕太っ、痛いっ!」

「俺の方がどう考えてもいいだろ!」


ギシギシと、骨が潰れそうになるぐらい掴んでくる裕太の手が、痛くてたまらない。


「やめてっ」

「あいつにいい所なんかねぇだろ!!」

「良くんの悪口は言わないで!!」


顔を歪める裕太が、ますます怒っている顔つきに変わっていく。


「良くんが好きなのっ⋯」


マズいと分かっているのに、私の口は止まらなくて。



「裕太のことは、好きになれない⋯」

ならないではなく、なれない。



「お願いだから⋯別れて⋯⋯」

「ふざけんな⋯」

「ごめんなさい⋯」

「ふざけんな!!」

「⋯裕太⋯」

「⋯⋯ふざけんなよ⋯⋯⋯」


少しずつ、力が抜けていく裕太。



「俺、結構遥のこと大事に思ってた⋯」

「うん」

「良くんとつきあうわけでもねぇのに⋯」

「⋯うん」

「これからも一方的に、思ってるだけ⋯?」

「うん」

「⋯なめんなよ」

「ごめん⋯⋯」

「⋯」

「ごめんなさい⋯」

「もういい⋯、分かった、別れよう⋯」


項垂れるように、悲しそうな声で呟いた裕太は、体を起こした。


涙は流していないけど、泣きそうな声を出しているのは確かで。


「帰れよ⋯」

「裕太」

「帰れ!!」


ずっと心の中で謝罪した。私は起き上がり、制服のブレザーと、カバンを持ち、部屋へ出ていこうと足を進めた。



終わり。


これで終わり。


ごめんなさい⋯。


涙腺が緩みそうになる。
でも、泣きたいのは裕太の方なんだから。私は必死に我慢した。玄関で靴をはいているとき、指輪がまだハマっていることに気づいた。


返さなくちゃ。
裕太との関係は、もう終わりなのだから。


指輪を外そうと指輪に触れた時、


「やっぱ⋯ねぇよ⋯⋯」


―――呼吸が止まるかと思った。

履いていた靴が無造作に脱げ、強引に腕を掴まれ。私をもう一度部屋に引き返す裕太の行動の意味が分からなかった。


私のことは考えず、とりあえず引き戻すことだけを考えている裕太の足は止まらない。


私が階段で足をぶつけてもお構い無しの裕太は、先程まで私がいたベットへと、私を投げ捨てた。


⋯何してるの⋯?

頭に浮かんだことが、それだけで。


次のことを考える余裕もなく、私を押さえつけ、服を脱がそうとする裕太にパニックしか無かった。

なんで?

なにしてるの?

別れようって、言ったはずなのに⋯っ。



「―――痛いっ⋯」


肩を掴まれ悲鳴を上げた。冷たく見下ろしてくる裕太に、痛くて抵抗する。


「もういい」

「なにっ⋯」

「遥の気持ち、よく分かった」

「痛いって⋯」

「西高の男を怒らすなって、言われてたんだよな?」

「裕太っ⋯」

「怒らせたのは遥だろっ!」


西高の男である裕太を怒らせた。




クリスマスの日、裕太は強引に私を抱いた。

けど、あの時の強引さは、裕太にまだ理性があったのだと今更ながらに思う。


痛すぎる行為しかないそれは、悲しい感情ではなく、本当に痛みから出てくる涙で。

乱暴に、痛みしかない行為。


裕太は気づいてる。
ずっと裕太に抱かれてたんだから、裕太自身が分かっているはず。

痛みをおこさないように、優しく抱いてくれていた。逆に言えば、痛みを出す方法も分かっているということ。




その裕太の手に恐怖を感じた私は、言葉一つ出なくて。こんなの、無理矢理と変わらない⋯。

部屋を出ることさえ許してくれない裕太は、きつく、冷たく睨みつける。


「勝手に帰ろうとすんな」


何言ってるの?


「あたしたち⋯、別れたよね⋯?」

「ああ」

「もう、終わったよね⋯?」


掴まれた手首が、痛い。


「今ので、終わりでしょ⋯?」


ポタポタと、涙が零れてく⋯。


「さっき言ったよな」


さっき?


「怒らせたのは、遥だろ」


怒らせたのは⋯。


「俺から離れるのは許さないから」

「何言ってるの⋯?」

「明日も来いって言ってんの、分かんねぇ?」


明日も来い?
それって、今日みたいに抱かれろってこと?


「来ないよっ⋯、もう、裕太とは⋯」

「潤の女がどうなってもいいんだな?」



潤くんの女?
莉子のこと?
莉子がどうなってもいいって?

どうしてここで莉子が出てくるの?



「逃げたら、廻すってのもありだからな」


廻す?莉子を?
恐ろしいことを簡単に言う裕太は、冷たい口調のままで。


「莉子は潤くんの彼女でしょっ!」

「別にそいつじゃなくてもいい、遥の友達とか調べればすぐに分かる」

「やめてっ!」


そんなことっ。

無理矢理など、西高の裕太にとって当たり前の世界なのかもしれないけど。


「来なかったら、そのつもりでいろよ」


別れたのに、私を手放さないつもりの裕太は、私を脅す。

豹変してしまったのは、私のせい。
怒らせたのは、私⋯。


拒否できない私は、明日も裕太に抱かれるのだろう。
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