はるか【完】
勘違い
次の日、私は言われた通りに裕太の家に来た。ズキズキと痛む体は、まだ昨日のことを覚えていて。
覚えていると言うより、そういう痕が至る所に残されていた。

私が「いや」と暴れたせいでいつどこに当たったのかアザができていたり。私の腰にうっすらと裕太の手形が残っているほどだった。


「―――コレ、誰?」


この前まではベットもたれかかる裕太の足の間で裕太に抱きしめられるのが定位置だった。

裕太は昨日と変わらない、不機嫌な様子で私を引き寄せながら私のスマホを操作していた。


裕太の付き合う前、莉子と一緒にいろんな男と遊んでいた私。

誰、と言われても、登録している男の名前さえ覚えていなかった。

1度みんなで遊んで、適当に番号を交換しただけなのに⋯。どこの誰かも、分からないのに。


「⋯分からない⋯」

正直は言えば、「じゃあ消しても問題ないな」と、私の返事を聞く前にその番号を消していく。



「コレは?」

「⋯⋯中学の時の⋯同級生⋯」

「連絡とってる?」


その質問に、首をふる。


「こいつもいらねー⋯コレは?」

「それは⋯女の子だよ、男でも使える名前だけど⋯」

「そういうのいいから。疑わしいやつは消す」


もう消すって言っている裕太は、戸惑うことなく私の女友達さえアドレス帳から消していく。



アドレス帳が終われば、ラインのアプリが開かれ。裕太の「コレは?」が始まる。

誰々だと言えば、「いらないよなあ⋯」と呟き、ブロックしたあと、その人をラインのアプリから削除していく。



もう途中からは私に聞かなくても、裕太は男だと思われる人は次々と消していった。


裕太が操作しているその途中に莉子からラインがきて。私の許可もなく莉子とのラインのページを開いた裕太。


『全然溜まり場来ないじゃん、裕太君と何かあった?』


その文章を見て、裕太はポツリと呟く。「うざいな⋯」と。


裕太のその声に、ビク⋯っと体が反応した。


―――潤の女がどうなってもいいんだな?

昨日の裕太の言葉を思い出した私の胸を、スマホを持っていていない反対の手で、後ろから鷲づかんできて。


「ゆ、ゆうた⋯」

「何」


私が来れば、裕太は怒っていても、何もしないよね?そうなんだよね?


「つか、マジであいつと何もねぇんだな⋯」

「え?」


あいつ?


「連絡先もなんも知らねぇのに⋯俺よりってふざけてんな」


連絡先も―――⋯
それは良くんの事だと、すぐに分かった。


違う、私はその番号を知っている。

裕太は⋯、アドレス帳の名前を見落としてはいない。


だって私は、良くんの番号を登録していないから。多分、裕太の罪悪感から、登録できなかったのだと思う。


でも、私は知っている。



着信履歴に、残されているから。

その着信履歴が消えないように、新しく入ってきた着信は自らの手で消しているから。


裕太は、私を無視し『行かない』と莉子に返信していた。




「春休み、いつから?」


―――春休み?

え⋯いつだろ⋯
正確な日付が分からない⋯。


「こ、ん ⋯ぐらい⋯」

「なんて?」

「⋯3月の、後半、ぐらい⋯」

「だよな」


だよなって⋯。

あと、1ヶ月ぐらいあるから⋯。


「まあ、いいや⋯」


まあいいや?

何が⋯。


抱きしめてくる力が強まり、私は眉を寄せた。



「遥さあ、もうここから出なくていいよ」



――ここから出なくていい?

裕太が何を言ったかも分からない。
それに加えて昨日の裕太を思い出せば、体が震えてくるのは仕方の無い事⋯。



また、昨日みたいに抱かれては…。

一方的な行為。

無理矢理と変わらない行為⋯。



「何言ってるの…」

「何が?」

「部屋から出るなって」

「だからさあ、俺を怒らせたのは誰だよ」

「⋯いや⋯」

「遥だろ?」

「⋯⋯ッ⋯か、監禁だよっ、犯罪⋯」


私の言葉に、裕太は乾いた笑いを出す。



「だから?」

「え⋯」

「だから何」

「だからって⋯」

「族入ってて、西高で? 遥と会うまでは普通に犯罪とかいくらでも遊びでやってたし」

「⋯」


みんなでワイワイするのが好きと言っていた。悪いことをしてるそういう事の、自覚が無いと。


「なあ、遥」

「⋯」

「俺、優しいよな」

「⋯」

「ずっと優しかったよな?」

「⋯」

「優しすぎるって、自分でも自覚あるし」

「⋯」



違う、

裕太は、優しいんじゃない―――⋯。


確かに裕太は優しい。

裕太は優しすぎる⋯。


元カノに浮気されても、許してしまうぐらい優しすぎる裕太⋯。

「違う⋯」

「⋯は?何」

「裕太の優しさは間違ってる」

「⋯あ?」

「元カノに浮気されても、許したのは⋯そんなに好きじゃなかったから。裕太もそう言ってたでしょっ⋯」

「言った」

「嫌いでもなんでもない、裕太無関心だっただけ!その子にっ⋯」

「⋯」

「本当は好き嫌いなんて感情無かったんでしょ!」

「⋯」

「そうでしょっ?」

「そうだよ」



あっさりと認めた裕太は、抱きしめる力をゆるめる。



「好きだから優しいってわけじゃない。俺にとってなんとも思ってないやつだったから、別にどうでもよかったんだよ」

「⋯」

「どうでもいいから、何人か前の女が廻されたって聞いた時も、あっそ⋯で終わったし」


廻された?
複数の男に?
レイプとか、当たり前の世界。

だからこそ裕太は、莉子に対してあんな簡単に「どうなってもいいんだな?」と言える。


「本当に好きだったら、怒るし。好きだった女が廻されたって聞いたらキレるし。浮気されたら絶対許さねぇよな、普通なら」


普通なら―――。


「本気で好きだって思ったのは、遥が初めて」


普通なら、嬉しい言葉の筈なのに。


「それまでは本気でどうでもよかったのになあ、女なんか。優しくすれば簡単に股開いてきたし⋯。優しいっつーか、無?」

「⋯」

「本気で好きになったら分かったわ。遥の笑顔が見たいだけで、必死に優しくした」


無感情の対応ではなく、
本当に優しくしたいと思ったから。



「遥を抱いてる時も、痛がる遥を必死にどうすればいいか悩んだし」

「⋯」

「今までは、付き合ってる女と適当にやればいいって思っていた俺が」

「⋯」

「すごくね?」

「⋯」

「指輪とか、そんなくだらねぇもん、絶対買わねぇとか思ってたのにな」

「⋯」

「必死にさあ、どうすれば遥は俺を好きになるんだって考えて⋯。ずっと頭ん中は遥だけだったのにさ」

「⋯」

「良くんが好きって、何だそれ」

「⋯」

「初めて浮気紛いの事されて、キレたわ。本気で好きになったら、こんな風に思うんだなって」

「⋯」


「なあ、遥」

「⋯」

「好きだったら、こんな風に怒るのも、当然だよな?」

「⋯」

「つーか、怒らせたのは遥だろ?」

「⋯」

「付き合ってる女に好きな男がいるって聞いてさ。本気で女の事を好きなら、怒るのは当然だと思わねぇ?」

「⋯」

「ふざけんなってなるのは普通だよな?」

「⋯」

「なあ」

「⋯」

「遥が悪いよな?」

「⋯」

「怒った俺が遥を監禁しても、許されるよな?」

「⋯」

「なあ」

「⋯」

「こっち向けよ」

「⋯」

「また俺を怒らせたい?」

低い声が、私に向けられる。

違う、こんなの―――⋯。


私が裕太の方へ顔を向ける前に、裕太の手が、強引に裕太の方へと向けてきて。

涙目になっている私の視線と、重なる。


「俺だって、あんなに痛がる遥を見たいわけじゃない」

「⋯」

「俺を怒らせないで」


違う、こんなの⋯。


「ち、がうよ⋯、裕太⋯」

「何が?」

「あ、たしが悪い⋯。ほんとに、それは⋯ずっと思ってる⋯。ごめんなさい⋯」

「うん」

「だ、だけど⋯怒り方が⋯間違ってる⋯。脅すやり方なんて⋯間違ってる⋯」

「⋯」

「私の事を、本当⋯に、好きなら、⋯こんなにも酷いことは⋯しない⋯」

「⋯じゃあなに?いいよって言えばいいの俺は。本気で好きな女が浮気しても、俺は今までみたいにいいよ、好きにしろって言えばいいのかよ?」


そうじゃなくて⋯。


「閉じ込めるとか⋯しちゃダメ⋯」

「なんで?そうしないと遥が俺から逃げるかもだろ?」

「⋯逃げないよ⋯」

「他の男が好きな遥にそう言われてもなあ」

「⋯裕太⋯」

「遥が俺を好きっていえばいいだけ。そうすれば、無理矢理抱かねぇし、閉じ込めたりもしない」

「⋯」

「早く言えよ。言ったら、前みたいな俺に戻るんだから」


優しすぎる裕太に戻る。

私が裕太に好きと言ったら。

だから、こんなの、間違ってるのに⋯。


「こんな事⋯されてたら⋯、裕太を嫌いになるって、分からないの⋯?」


私の頬を包む手が、一瞬、動かなくなった。



「莉子を人質にとられて⋯、無理矢理⋯抱かれて。⋯閉じ込められて⋯、そんな裕太を私が好きになると思ってるの⋯?」

「⋯」

「嫌いになるよ⋯」

「遥の好きなタイプは、優しい男だから?」

「⋯」

「にしては、なんで良くん?優しいの「や」も知らねぇ男だろ。マジで意味分かんねぇし。優しい男がタイプ? なんだそれ、ナメてんの?」

「⋯」


裕太は知らない⋯。
良くんの優しい姿を⋯。



「もういい、分かってねぇんだったら、出さない。監禁でも何でもしてやる」

「裕太っ」

「出たら莉子ちゃんがどうなるか分かるよな?」

「っ⋯」

「遥が俺の事を好きだって言えば、それで済む話なのにな?」


い、えないよ⋯。

言えるわけがないのに。


怒るという、やり方が間違ってる裕太。



「⋯泣いてんじゃねぇよ、泣きたいのはこっちだ」





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