【コミカライズ】腐女子令嬢は隣国の王子から逃げられない~私は推しカプで萌えたいだけなのです~
 パーティ会場にアイリーンの姿は見当たらなかった。出席しないとは言っていたが。

「あれ、ノエルさん。リーンさんは、一緒じゃないの?」
 楽しそうにルークがノエルに近づいてきた。
「リーンは参加していません」

「そうなの? つまんないなぁ」
 ルークは頭の後ろで両手を組んで、またどこかへと向かって歩いていく。何がつまらない、のだろうか。
 そして、ノエルはもう一人の人物の姿が見当たらないことに気付く。

「ジョア、イブは? 姿が見えないけれど」
 ジョアキナの身体がピクっと震えたことに気付いた。
「何か、知ってるの?」

「公務、だそうだ」

「公務? イブが? デオ兄さまではなく?」
 ノエルの言うデオ兄さまは第一王子のデオンティ。ノエルは上目遣いでジョアキナを見つめた。ジョアキナは口元に笑みを浮かべている。
「イブがいない方が、いいんじゃないのか? それとも、イブがいないと寂しい?」

「何を言っているの? 寂しいわけないじゃない。いなくてせいせいするわ」
 言い、ジョアキナの腕に自分の腕を絡ませた。
「それは良かった。私も同じように思っていた」

「それ、イブの前で言ってよ」

「言えるわけがないだろう」

「だよね」
 ノエルはジョアキナの腕をとり、輪の中へと連れ出す。音楽はまだ鳴っている。

「やあ、フラン」
 ルークは輪の中にも入らず、隅の方でその輪を眺めているフランシスに声をかけた。
「リーンさんは、不参加なんだって?」

「そうだね」

「そうかあ、じゃ、つまらないな。僕、もう帰ろうかな」

「何がつまらないんだ?」
 フランシスの口元は笑みを浮かべているのに、目は笑っていない。

「会長と副会長の一騎打ちが見られないからね」

「ルーク」
 名を呼ばれたのに、彼は立ち止まる気はないらしい。
「君は文芸部なのに、言葉の使い方を間違えているぞ」

 ルークは背中を向けて、肩越しに右手をひらひらと振った。



 アイリーンとイブライムは、美術館に併設されているカフェで休んでいた。そしてアイリーンは、画集を買ってしまった。イブライムは頬杖をつきながら、にこにこと彼女の顔を見ている。
「この国の絵をそこまで気に入ってもらえて嬉しいよ」

「はい。プーランジェとは違う色使いやタッチでしたので、こちらも勉強したいと思いまして」
 何の、とは言わないが。

「リーンは本当に勉強熱心だね」

「そのために来ていますから」

 イブライムにとって、このように勉強熱心な女性と出会うのも初めてであった。自分に近づいてくるような女性は、何年か先の未来を見据えて、媚びてくる。だが、アイリーンはどこか違う。
 まあ、彼女には別な裏心があるのだが、それには気付かないでいただきたい。

「リーン。オレとの約束、考えてくれている?」

「やくそく?」
 首を傾けた。アディ先生との約束なら覚えているが、イブライムの言う約束とはなんだったろうか。

「オレにプーランジェ語を教えてくれるっていう約束」

 厳密に言えば、勉強の仕方だが。
 触れてはならないところに触れられてしまった。まさか、ノエルがビーでエルな内容で外国語を勉強していたとは言えない。
 言えない。脳内フル稼働。

「エルは、プーランジェ語の勉強を頑張っていましたよ」

「そう。どうして、エルが苦手なプーランジェ語を頑張れたのかが気になる。オレだって、一応、この国の王子だからな。それなりに外国語はできなければならないが、あまり得意ではない」
 恥ずかしいのか、視線を斜め下に落とした。

「エルは、好きなもので勉強したのです」

「好きなもの?」

「はい。エルも文芸部ですから、好きな物語でプーランジェの言葉を勉強しました」
 その好きな物語の詳細については触れてはならない。
「私が、エルの好きな物語をプーランジェの言葉にして、それで勉強したのです」

「好きなものねぇ」
 イブライムは腕を組んで、背もたれに寄り掛かった。さて、イブライムの好きなものとはなんだろうか。
 アイリーンはカップを口元に運んだ。その仕草をイブライムは見つめている。カップをソーサーの上に戻した時。

「リーン」

「はい?」

「オレの好きなものはリーンだ」
 突然の告白に、アイリーンはカップから指を放すことができなかった。硬直。
「だから、リーンと勉強したい」

 彼女はじっとイブライムを見つめた。彼は口元に笑みを浮かべている。どことなく楽しそうに見えるのは、人をからかっているからだろうか。

「私はものではございません」
 そう言うのが精いっぱい。

「わかった。言い直す。オレが好きな人はリーン、あなただ。だから、リーンと一緒に勉強したい」

 アイリーンは、ふーっと大きく息を吐いた。
「ですが、私が学びたいのはアスカリッドの言葉です。プーランジェの言葉ではありません。お互いの目的が異なります。そもそも、イブ様と一緒に勉強をしても、私にメリットがございません」

 他の女性であれば、一緒にいられるだけでもメリットだと思うはずなのに、それさえも感じないらしい。イブライムは楽しくなってきた。

「リーンは、オレと一緒に勉強をするのが嫌だってこと?」

「嫌だとは言っていません。目的が異なる、と言っています」

「今日、オレはアスカリッドの文化について教えたよね。だから、わからないところだけでも教えてもらえると、助かるんだけど?」
 組んでいた腕を解いて、イブライムはまた頬杖をついた。

 アイリーンは、後悔していた。アスカリッドの絵画の描かれた背景について、あれこれと彼に尋ねたことを。聞けば答えが返ってくるから、ついつい聞いてしまった。
 こんなことなら、最初から画集を買って解説を読めばよかった、と思っている。

「リーンが、この国に勉強するために来ていることはわかっている。でも、人に教えることも勉強にならないか?」
 人に教えるということは、自分が理解しないと教えられない。だから学んだことのアウトプットの方法としての一つ。

「リーン。毎日、何時間も、っていうわけじゃない。ちょっとオレが困った時に、今日、リーンがオレに尋ねたみたいに、そんな感じで教えて欲しい。っていうのもダメか?」

「では、生徒会室でご一緒した時など。時間が合えば」
 多分、イブライムは、時間が合えばという答えに満足したのだと思う。顔中に輝く笑みを浮かべていた。
「ありがとう。ついでにもう一個。お願いしてもいいかな?」

「なんでしょう?」
 イブライムの口から出てくる言葉は、恐怖しかない。

「次のテストで、エルと同じように二十点点数があがったら、またデートをして欲しい」
 ほら、また恐怖の言葉が。

「イブ様。最初に申し上げましたが。今日のこれは私の中ではデートに含まれておりません」
 アイリーンが真面目な顔で言ったため、イブライムはプッと噴出した。

「そんなに、オレとのデートが嫌だってこと?」

「いいえ、違います。二人きりではないからです」
 どこかにいると思われる護衛。そんな人たちに見られながら、デートって恥ずかしくないのか?

「リーンはオレと二人きりになりたいんだ?」

「それも違います」

「まあ、いいや。リーンがなんて思おうと、オレにとって今日のこれはデートだから。次も楽しみにしている」

「次があるといいですね」

「うん、だから頑張る。だから、約束して」

 うーん、とアイリーンは唸りながらも、わかりましたと首を縦に振るしかなかった。
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