転生ヒロインの選択。白馬に乗った王子様はいません。

現王妃


「結婚なんて、ホント無理だわー。興味なさすぎ」

 やつれ、すっかり瘦せ細ってしまった現王妃を目の前にして、私は悪態をついた。

 ベッドに横たわる王妃の艶やかだった青い髪は、すっかり影を隠してしまっている。

 結婚前より細くなった体は、細いという域を超えて、もはや病的だ。

 全てが青白く、まるでどこからも生気を感じられない。

「どうにかならないのですか、叔母様」

「いいのよ、アンジェリカ。あなたがこうして来てくれて、そうやって怒ってくれるだけで、わたくしはほっとした気になるのだから」

 そう言って柔らかにほほ笑んだ。王妃が床に臥せるようになって、もはや一年になる。

 きっかけは、誰かに毒を盛られたことによるものだった。

 しかし、世継ぎのいない王妃のことを心配する者など、この城にはほぼ存在しない。

 そのため、犯人も未だに捕まっていないという体たらくだ。

 王は王妃を娶ったあとすぐに、側妃を迎えた。

 王は初めから決められた結婚相手の王妃ではなく、側妃を愛していたのだ。

 だからこそ、王妃との間に世継ぎが生まれることなどあるはずもなく、未だに白い結婚のまま。

 そうなることなど二人の結婚前から分かっていたにも関わらず、王太后は寵愛を受けられない王妃を責めた。

 寵愛を受けられなかったお前が悪いと。

 元々王太后は、側妃の実家と王太后の実家の折り合いが悪く、側妃を娶ることも大反対した人だった。

 しかし、側妃が身ごもっていることを知ると、大臣たちからの圧力もあり、側妃として召し上げることを渋々了承した。

 しかしそんな経緯から、二人が仲良くなれる訳もなく、自分の思い通りにならない王太后はその怒りの矛先を王妃に向けたのだ。

 政略結婚でしかなかったとはいえ、叔母である王妃は王を愛していた。

 結婚式のことは今でも思い出す。

 控室でとても幸せそうな顔をしていた叔母の顔は、好きな人と結ばれることへの期待だったのだろう。

 それがたった五年でこの有様だ。叔母が何をしたというのだ。

 愛した人は自分を愛してはくれなかった。ココまでならまだ、よくある話だったのに。

 結婚した先がそれだなんて、そんなに不幸なことはあるのだろうか。

 しかもそのこと自体、自分のせいではないのに、冷たい目で見られ、未だこの監獄の様な王宮に囚われている。

「療養のために、領地へ帰る許可はまだ下りないのですか?」

「王太后様の許可がね……」

 こんなになっても、まだ縛り付けるのか。そんなことに、何の意味があるのだろう。

 王妃とはいっても、名ばかりで、政務にすら携わることも出来ないのに……。

「私、もう一度掛け合ってくるわ。このままじゃ、叔母様がどんどん悪くなってしまうもの」

「無理をしてはダメよ、アンジェリカ。わたくしのことはいいの。あなたに何かあったら、お姉さまに申し訳が立たないわ」

「大丈夫よ。今ね、王弟殿下と仲良くさせてもらっているの。まぁ、王子様なだけあって、結構俺様なとこもあるけど、お友達になって下さったのよ。だからね、絶対に叔母様をここから出してあげるから」

「お友達……、アンジェリカ、あなたもいつまでも子どもではいられないのよ」

「? 叔母様、それはどういう意味ですか?」

「歓談中申し訳ございません。そろそろ侍医の先生の来るお時間となります」

 控えていた侍女の一人が声をかけてきた。

 王妃付きの侍女は、決して王妃の味方ではない。

 ただ幸いなことに、王妃へのあまりにひどい扱いに同情している者たちが集まっており、敵でもないことだけが救いだ。

「もうそんな時間だったのですね、すみません。また来ます、叔母様」

 叔母の言いかけた言葉の意味はなんだったのだろう。

 私は後ろ髪を引かれつつも、部屋を後にした。
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