破滅エンド回避のため聖女を目指してみたら魔王様が溺甘パパになりました
プロローグ
 十五時のおやつの時間が終わると、カミラ先生やほかのみんなが私のところへ集まってきた。
「ねぇねぇアイラちゃん! 今日はなにしてあそぶ?」
 ここは私のお家。大きくて広い、自慢のお家だ。一般的には〝孤児院〟と呼ぶみたい。身元が分からない子や、私のように両親がいない子が引き取られる場所。私は物心がついた時からこの孤児院にいたので、私にとっては院長のカミラ先生が親みたいな存在だ。
 たまに外へ遊びに行くと、孤児院にいるというだけで『かわいそう』なんて言われたりする。だけど、私は自分のお家が好きだ。美味しいご飯も食べられるし、お古だけどおもちゃや洋服だってもらえる。なにより、たくさんのお友達と毎日一緒にいられるからだ。年齢も性格も髪の色も全部バラバラだけれど、私はみんなと遊んでいる時間がいちばん大好き。
「うーん。今日は天気がいいから、庭でボール遊びをしよう!」
「さんせーい!」
 私の提案に、みんなが大きく手を挙げた。
おもちゃ箱からボールを取り出し、外へ出ようとすると――なんだか部屋の外が騒がしい。カミラ先生が、誰かと話している声が聞こえる。
 ――どうしたんだろう? なにかあったのかな?
 そう思っていると、部屋の扉がバーン! と勢いよく開かれた。驚いて扉のほうを見ると、大きなマントを羽織った長い黒髪をした大きな男の人が立っている。その隣には、フードのついた長いジャンパーを着た銀髪の男の人が。そしてふたりの向こう側に……青ざめた顔をしたカミラ先生の姿が見えた。
 子供ながらに、なんだかよくない雰囲気を感じ取った。それはみんなも同じだったようで、さっきまでの笑顔が一瞬にして消えている。
 怯える私たちを無視して、黒髪の男はずかずかと部屋の中へ入ってきた。
「あ、あれって……魔王様じゃあ……」
 私の隣にいたふたつ年上のリンが、震える声で呟いた。
 まさかと思い、近づいて来る男をよく見てみると、心臓がドクンと大きく跳ねた。
あの姿は、以前遠くから一度だけ見たことがある。漆黒の長い髪。血が通っているのかわからないほどの白い肌。そして……前髪の隙間からちらりと覗く、魔王の象徴とも言われる赤い瞳。
リンの言った通りそこにいるのは正真正銘、二年前、手下の魔族を引き連れこのリーベルツ王国にやって来た魔王、ジェネシスだった。
魔族というと、人間と敵対する存在と言われている。リーベルツは魔王の支配から逃れるため争い、近い未来、人間と魔族の戦争が起きるかもしれないと世間は大騒ぎになった。しかし、ジェネシスは支配どころか、なにも悪さをすることがなかったのだ。
 ジェネシスが人間への理解を示していることがわかり、魔族と人間の戦争は避けられた。リーベルツで暮らしたいというジェネシスの申し出を国王は受け入れ、双方で話し合い、争いごとを起こさないという約束で、現在は王国内で場所を分けながらお互い無駄な干渉をせずに生活している。
だけど、突然襲ってくる可能性がゼロとは言い切れないので、ジェネシスは人間たちから今も尚恐れられている……というのが、カミラ先生から聞いていた話だ。
――そんな魔王がどうして私たちの家に? いったい、なんの用があって? まさか、襲撃に……?
 友達はみんな震えて縮こまっている。とてつもないオーラを放つジェネシスを前に、私も立っているのがやっとだった。
 ジェネシスは品定めをするように、部屋にいる子供たちを端からひとりずつじっと見つめた。あの三白眼気味の赤い瞳と目が合ったら、石にでもされてしまいそうだ。
そんな張り詰めた緊張感のなか、彷徨う視線がついに自分へと向けられる。本物の石になることはなかったが、体はまるで石のようにガチガチに固まって動かない。
 ジェネシスが私を見つめる時間は、ほかの子よりもずいぶんと長かった。そして、視線を一切外さないまま、ジェネシスは私のもとへ一歩、また一歩と近づいて来るではないか。
「……こいつからいちばん魔力を感じるな」
 ついに目の前までやって来たジェネシスが、私を見て低い声でそう言った。
 ――まりょく? 私がそれを、この中でいちばん持っているってこと?
 状況が理解できないまま、私はただ立ちはだかる絶対的存在の魔王を呆然と見上げることしかできない。
「人間、こいつを養子として引き取る」
 ジェネシスは、扉の向こうで心配そうにこちらを眺める先生にそう言った。
養子――ここへ来てから何度も聞いた言葉なので意味は知っている。血の繋がり関係なく、親子になる関係を結んだ子供のこと。
 ……ん? 誰が誰を養子をして引き取るって?
「そ、そんな、アイラを渡すなんて――」
「ここは孤児院だろ。孤児院では里親を募集していると聞いた。俺がこいつを引き取ってなにが悪い」
「ですがっ……」
「俺は魔王だ。たかだか庶民が、俺の命令に逆らうというのか?」
 ギロリと冷たい言葉と視線を浴びせるジェネシスを前に、カミラ先生は押し黙ってしまった。……この国で、魔王の権力は国王と同レベルだとも聞いたことがある。先生は、魔王に逆らうことはできないんだ。
「べつに取って食うような真似はしない。それに、こいつは今日から孤児でなく王族の子となる。祝福すべきことではないか」
 にやりと口の端を上げながら、ジェネシスは私を見つめた。……王族の子? 私、魔王の子供になるってこと!?
「連れていけ」
「かしこまりました」
 今まで黙っていた銀髪の男に、ジェネシスが首を振って合図すると、その男が私の身体を抱えた。
「……へっ?」
 私の気の抜けた驚きの声とともに、ここまでずっと腕に抱えていたボールが手からするりと落ちていく。小さな音を立て転がっていくボールの先には、今の今まで家族だった友達の泣き顔が見えた。
 あっという間に私は銀髪の男によって部屋から連れ出される。いいや、部屋どころか、この家から。
「アイラっ!」
 庭までカミラ先生が私を追いかけてきた。
「……先生! 私、どうなるの?」
 わけがわからない。私はここへ戻って来られるの? これからどうなるの?
「……アイラ、ごめんね。幸せになるのよ」
 カミラ先生は泣きながらそう言うだけで、私の質問には答えてくれなかった。カミラ先生が私の問いかけにきちんと答えてくれなかったのは、これが初めてのことだった。
「行くぞ」
 ジェネシスの着ている黒いマントに全身を包まれると、視界が真っ暗になった。次に目を開けると、そこは見知らぬ森の中だった。
 ジェネシスが孤児院へ来て、ここまでわずか数分の出来事。……私、これからどうなっちゃうんだろう。

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