消えた未来
「涼花、危ないからもう急かしたりするな。いいか?」

 厳しいことを言っているはずなのに、女の子を諭す声も優しかった。女の子は怯えているというよりも、反省している。それが彼の優しさを物語っているだろう。

 冷たい声も優しい声も聞いている身としては、どちらが彼の本性なのか混乱していた。

「里歌ちゃんごめんね……」
「ううん、気にしないで」

 そして二人は満面の笑みを浮かべている。

「じゃあまたね、ユウ君」
「また今度遊んでね」

 立ち上がった彼の背中しか見えなかったけど、少女たちが手を振っているから、恐らく手を振り返しているんだと思う。

 なんて、自分で考えておきながら、信じられなかった。彼が手を振るところが想像できない。

 そんなことを考えていたら、彼が振り返って私に鋭い視線を向けてきた。

 それは教室で見たものと同じで、やっぱり今の考えは気のせいだったのかもしれないと思った。

「織部真央」

 名前を呼ばれたことに驚いたのと、低い声が怖かったので、体が強ばった。でも、これが私の知っている彼だ。

 信じられないけど、同一人物だったみたいだ。

 少しでも距離を取りたくて下がろうとするけど、体が言うことを聞かない。

 傍から見れば変な動きをしている私に、彼は容赦なく近付いてくる。

「学校でもずっと固まってたけど、目の前で子供が転んでいるのを見ても、固まってるだけなんだな」

 嫌味しか含まれていない言葉に、自分が恥ずかしくなる。

 動けなかった理由も、自分の都合で助けなかったから、余計に黙ることしかできなかった。

「つまらねえ奴」

 そしてすれ違いざまにその言葉を残して、彼は去っていった。
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