海とメロンパンと恋
魔の巣窟ですっ



「ダメだ」と理由も聞かずに言いそうなお兄ちゃんも

千代子さんのお手伝いだと言うと
「相手先に迷惑かけるなよ」とアッサリと許可してくれた


もちろん。二十人の大所帯のことは伏せたけどね


いつもより家事を簡単に済ませて
牛若丸との散歩も午前中に終わらせる


そうして・・・一時


動きやすいジャージ姿で千代子さんの家に到着した私に


「髪は後ろで一つに縛ろう」


「はい」


「コンタクトじゃなくて眼鏡にしたのは完璧」


「はい」


やたら見た目にこだわる千代子さんに首を傾げながら


紹介状を受け取ると千代子さんのお手製の地図を片手にアルバイトがスタートした


とは言っても、徒歩圏内のそこは
五分と歩かずあっという間に着いた



【穂高組】



「・・・・・・っ!」


無理、無理無理無理無理無理無理


依頼主のお宅の前で人生最大の後悔をすることになった


こんなことってある?
えっと、どこで間違えたんだっけ?


ひとまず千代子さんの家に戻って
もう一度最初から考え直す?


・・・でも、千代子さんの左手は使えなくて


えっと・・・、考えて!考えるのよ胡桃っ!


恐ろしくも厳《いかめ》しい門の前で悶絶すること数分


チャイムも押していないのに

来るものを拒むように閉じていた木の門が静かに開いた


「・・・っっ!!」


「誰」


「・・・」


驚きで口が開かない私を訝しげに見ていた同年代くらいの男性が

私の手に視線を落とした


「あ、そっか千代子さんの代打ね」


視線だけで石にされるかと恐怖した鋭い眼力は

私の握りしめていた紹介状を捉えて一気に和らいだ


「はい、いらっしゃ〜い」


グンと腕を掴まれて
門の中に引き込まれる


「・・・っ」
キャァァァァァ


開かない口からは出ない悲鳴が脳内で響き渡り


焦っているうちに背後で門が閉まった



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