鬼麟

2.願うばかりでは

 屋上へと続く扉の前で、ドアノブへと手を触れながら立ち尽くす。
 これを開ければ先にいるのは、何も知らない部外者たちばかり。悟られることも、巻き込むこともできない中、“一般人”になりきらなくてはならない。
 自己暗示をかけるように何度も頭に刻み、そこでようやく衝動を抑えられる。
 先生と話をしたのはきっちりと10分の間。
 その中で何度飛び出して行ってしまいたくなったことかと、右手首を見詰めて瞼を下ろす。その度に今と同様にしてこれに引き止められているのだから、戒めとしての本懐は既に遂げている。
 安易な行動をとってしまいがちなところへの楔は、白く染まって赤くなっている。
 瞼を持ち上げてから扉を開くと、逃げ込むようにして風が出迎える。眩しさに目を細めれば、3つのシルエットがこちらを見ている。

「遅いよ、棗ちゃん」

 レオが大袈裟にお腹を押さえて空腹を訴え、待たせていたということにようやく気付く。
 先に食べているものかとばかり思っていたから、まさか待っていてくれてるとは露ほども思わなかったのだ。
 謝りながらも小走りで駆け寄れば、修人の隣へと自然に座らせられる。別に誰の隣であろうとも良いのだけど、なんだかそこが私の定位置みたいになっているのは疑問を感じてしまう。
 とはいえ、待たせていた以上口を出せるわけもなく、大人しく隣へと腰を下ろした。
 先ほどのお腹を押さえる仕草は大袈裟でもなかったらしく、レオは袋を漁ると目当てのサンドイッチを取り出して目を輝かせる。
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