そこまで言ったら、川越(かわごえ)先生が嬉しそうに「じゃあ」と手を伸ばしてきて。

 私はその手をそっと避けると、
「でも、ごめんなさい。私が好きなのは……子供の頃からずっと……温和(はるまさ)ただひとりなんです。抱きしめて欲しいのも、キスして欲しいのも、彼だけです……。だから……川越先生の気持ちにはお応えできません。すみません」

 本当は高校生の頃にちゃんと言わないといけなかった。
 怖いって逃げたりしないで、真摯に向き合うべきだった。

 あの後、喜多里(きたさと)先輩がお家の都合で転校してしまったって聞いたとき、私、心のどこかでホッとした自分がいたのを覚えているの。

 喜多里先輩とのことをすっかり封じ込めてないことにしていたくせに、あの先輩は怖いという思いだけはちゃっかり残っていて。
 どんな形であったにせよ、自分の気持ちをぶつけてくれた人に対して、それはすごく卑怯だったんじゃないかなって思った。

 川越先生も、こんな形で私に再会したりしなければ、焼け木杭(ぼっくい)に火がつくような、こんな過去の想いに引き戻されること、なかったんじゃないかな。
 そもそも……引越しなさってから今まで、私は彼女と接点はなかったし、だからそのことをすっかり忘れて生活してこられたのだ。


 それでもまだ何か言いたげに私に向けて手を伸ばしていらっしゃる川越先生へくるりと背を向けると、私はこちらを心配そうに見つめる温和(はるまさ)の前に立った。
 
温和(はるまさ)、強引でごめんね」