逆プロポーズした恋の顛末
脱走した大型犬に懐かれる
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「アイちゃん、今日も楽しい時間をありがとう」
「こちらこそ、お花までいただきありがとうございました。九重会長」
「松太郎と呼んでほしいと言っとるだろう?」
「二人きりじゃないと、恥ずかしくて……」
「心にもないことを言うのはやめんか」
言葉では叱りつけたが、九重会長の顔は笑っている。
わたしを指名してくれるのは、五、六十代の客が多く、遊び方とお酒のたしなみ方を心得ているひとばかり。ダラダラと飲んだりはしない。
その最もたる例が、国内最大手の家具メーカー『KOKONOE』の会長だ。
年齢は「ヒミツ」だと言って明かしてくれない和服の似合う好々爺。
彼とは、老舗和菓子屋の予約不可、店頭で並んで買うしかない、個数限定販売(しかもおひとりさま二本まで)の「栗ようかん」が縁で知り合った。
その日、わたしは早朝から並び、週末に会いに行く予定の祖母へのお土産と自分用に、運よく最後の二本を購入。浮かれ気分で会計をしていたら、慌てた様子の九重会長が現れた。
ようかんの切れ端だけでも残っていないだろうかと、店員に訊ねる様子が気になって事情を伺うと、ここの「栗ようかん」は亡くなった奥さまの大好物。月命日には、自ら並んで買い求め、お供えするのが習慣なのだという。
しかし、今朝は全寮制の学校に通う孫娘を始業式に間に合うよう、送って行かなくてはならなかったため、並べなかった。
あまりにもガッカリしている様子が気の毒で、自分用に買い求めた一本を譲ると申し出たところ、九重会長は涙ぐみながら、何かお礼をさせてほしいと言い出した。
そんな必要はないと何度も言ったのだけれど、簡単には引き下がってくれず。
とりあえず、「お店に飲みに来てくれたら嬉しい」と名刺を渡し、期待せずにその場をあとにしたのだが……。
その一週間後。
九重会長は店を貸し切りにし、たくさんの友人――名だたる企業のお偉いさんたちを従え、現れた。
ママから、その正体は大手家具メーカー『KOKONOE』の会長だと聞かされて、腰が抜けそうになるほど驚いた。
以来、義理堅い九重会長は、公私共に『Fortuna』を利用してくれて、わたしの一番の太客だ。
「今度、ベルギーに出張に行く予定だから、チョコレート持参でまた寄らせてもらうよ。アイちゃんは花より団子。チョコレートの方が好きだろう?」
「バレてました?」
「段ボール箱いっぱいのチョコレートを買ってくるよ」
「楽しみにお待ちしております! おやすみなさいませ」
迎えの車に乗り込む会長に、深々と頭を下げ、車が通りの角を曲がって見えなくなってからようやく頭を上げる。
(さてと……)