逆プロポーズした恋の顛末


単にびっくりしただけで、他意はなかったのだが、尽の表情は苦々しいものに変わる。


「どうして? 未来の嫁が息子と一緒に事故に遭ったと聞いても、駆けつけない薄情者だとでも思っていたのか?」

「まさか! でも……」


おそらく、午来弁護士が連絡してくれたのだろうと思いながら、たったいま、尽はとんでもない言葉を口走ったのでは、と背後で車いすを押してくれている看護師をそっと見上げれば……。


(まぁ、そうなるわよね)


まだ二十代前半と思われる彼女は、驚愕の表情で固まっていた。


「イシダ、あとは俺がやるから。結果を聞く際にも、俺が同席する。担当は……」

「えっと、あの、村雲部長です」

(部長さんだったの!? フレンドリーな感じで、そんなエライ先生には見えなかったけど……)


救急搬送のように、事前の連絡のもと運び込まれたわけではなかったので、バタバタしていた処置室に担ぎ込まれたわたしを診察してくれたのは、偶々通りかかった、といった感じでフラリと現れた中年の医師だった。

眼光鋭い和風な顔立ちは威圧感たっぷり。
わたしにしがみつこうと午来弁護士の腕の中で泣き喚く幸生に、「ボクが泣いてたら、ママは心配で、安心してケガを治せないぞ」と言って、ピタリと泣き止ませた。

わたしの診察と処置をしながらテキパキと看護師らに指示を下しつつ、別の医師の診察を受けている幸生を「エライ、エライ」と褒めてやり、去り際に「ママが検査をして、大丈夫だとわかったら、いっぱい泣いてもいいぞ」とフォローするのも忘れないあたり、子どもの扱いにも慣れていそうだった。

尽も、あんな感じで診察しているのかもしれない……なんて思ったのだけれど、担当医の名前を聞いた尽は、あり得ないという顔をしている。


「は? 村雲部長?」

「病院前の事故で、直接搬送だったんで処置室の様子を見に来たんだと思うんですけど、伊縫さんの名前を聞いた途端、俺が診ると言い出して」

「…………」

「これで、当分の間、尽先生をコキ使えるなって呟いてました。その時は、なんでだろうって思ったんですけど、婚約者さんなら納得ですね!」

「イシダ、その話……」

「いま頃、病院中を駆け巡っているんじゃないですか? 村雲部長、尽先生のこと大好きですからねぇ」

「…………」

「たぶん、三十分くらいで検査結果をお伝えできると思います。熱―い抱擁をする時間はありますので、どうぞごゆっくり」


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