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吉川さんは、だいぶ経ってから部屋に戻って来たが、話を蒸し返すこともなく、所長にお説教することもなく、ごく普通に夕食に幸生の大好物であるカレーを作り始めた。

幸生は、黙りこくったままの所長を心配そうにちらりちらりと窺いつつ、お絵描きを再開。
しばらくして所長が絵を褒めると、「エンゼルフィッシュ描いて!」と、おねだりする。

絵心のある所長は、ブラックベールテール・エンゼル、ホワイト・エンゼル、トリカラー・エンゼルなど、味のある絵を何枚か描いてくれた。

大喜びした幸生の弾けるような笑い声で、張り詰めた空気は和らぎ、強張っていた所長の表情も緩む。

夕雨子さんと所長の関係をこのままにしておいていいとは、わたしも吉川さんも、義父も、そして所長本人も思っていない。

けれど、いまはそのことに触れない方がいいとわたしも吉川さんも――幸生も、わかっていた。

所長に絵を描いてもらって満足した幸生は、尽が絵本と一緒に買ってきてくれた海洋生物の生態を撮影したDVDを観たいと言い出す。

水族館ほどの迫力はないけれど、大画面で見るイワシの群れやイルカ、クジラ、サメなどの映像は、とても美しく、神秘的で、幸生は目をキラキラさせながら、所長を質問攻めにする。

丁寧に、わかりやすく、ひとつひとつの質問に答えてやる所長の横顔は、すっかりいつもと同じ。

その胸の内、頭の中は、きっといろんな感情でゴチャゴチャになっているだろうに、何を考え、何を思っているのか、まったく窺えない。

やがて、所長にいいだけ質問をした幸生が「お腹が空いた!」と言い出し、みんなで少し早めの晩ごはんを食べ終えた頃、尽が帰宅した。


「ただいま……」

「パパだっ!」