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翌朝、パパが夕方まで一緒だと聞いて、はしゃぐ幸生を何とか宥めるのに一苦労したものの、九時前にはマンションを出た。

車に乗った幸生に行き先を尋ねられ、「ゆーこちゃんの家にいるおじいちゃん先生に会いに行く」と答えると、不思議そうに首を傾げる。


「ゆーこちゃんの家、おじいちゃん先生の家になったの?」

「そうなの」

「じゃあ、おじいちゃん先生もお引っ越しするの?」

「それはまだわからないわ」

「ぼくたちと一緒にお引っ越ししたらいいのにね? そしたら、おじいちゃん先生も、ゆーこちゃんも、みんな寂しくないよ?」

「そうね……」


できることなら、薔薇の咲く庭でくつろぐ夕雨子さんと所長の姿を見てみたかったが、いまとなっては叶わぬ夢だ。



連休中で通勤ラッシュもない道路は空いていて、尽が運転する車はあっという間に夕雨子さんの家に着いた。

インターフォン越しに聞こえた所長の声はいつもと変わらなかったが、玄関でわたしたちを出迎えたその姿は、昨日の別れ際とはまったくの別人に見えた。

いつもぴんと背筋が伸びていたのが、肩が落ち、背は丸まり、顔色も悪い。
目の下にはクマがあり、髪もボサボサ。しかも、こんなに白かっただろうかと思うほど、白髪が増えていた。

一晩でいくつも年を取ってしまったような所長の様子に幸生もびっくりし、挨拶する声も小さくなってしまう。


「おはよ……?」

「……おはよう」


表情が抜け落ち、ニコリともしない所長の目は虚ろだ。
心配が募るけれど、ここで騒ぎ立ててもどうしようもないと、努めて普通を装う。


「おはようございます、所長。朝ごはん食べました?」


所長は、夜が明けていることにいま気づいたかのように、眩しそうに目を細めた。


「いや……まだだよ」

「尽が作ったサンドイッチとコーヒーを持って来たんです。食べませんか?」

「尽が?」

「パパのサンドイッチ、すっごく美味しいよ!」


幸生がすかさず主張すると、所長は僅かに笑みらしきものを浮かべ、「そうしようか」と頷いた。