逆プロポーズした恋の顛末

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(わたしの選択は……まちがっていたの?)


所長が去ったあと、穏やかな寝息を立てて眠る幸生を見つめ、深々と溜息を吐く。

自分が母親になるなんて想像もしていなかったし、我が子をこんなに愛しく思うものだなんて、ちっとも知らなかった。

幸生のあどけない寝顔を見るだけで、日常に追われ、ストレスで荒れた心もあっという間に癒される。
日々の生活は、贅沢できるほど余裕があるわけじゃないけれど、幸せだと言い切れる。


(でも――、)


ずっと目を逸らしてきた不都合な真実を思う。


(わたしは……尽から、大切な時間を、経験を……彼が手に出来たはずの幸せを勝手に取り上げてしまったのかもしれない)


わたしが幸生の存在を告げていたならば、彼も「親」として経験できたであろうことは、数えきれないほどある。

ほんの小さな粒にしか見えなかったものが、どんどん大きくなっていく神秘。
ようやく出会えた喜び。
おっかなびっくり抱っこした小さな身体の柔らかさと温かさ。
小さな手で、差し出した指を握りしめられた時に湧き起こった言いようのない気持ち。
その瞳に映る、幸せそうに微笑む自分の姿。

自分の中にあるなんて知らなかった、この子のためなら、何だってできるという強い気持ち――。

誰もがすんなり親という立場を受け入れられるわけではないだろうし、すべての夫婦、カップルが子どもを望んでいるわけでもない。望んでいても、叶わないこともある。

どんな選択をするかは、ひとそれぞれで、何が正しいとか、まちがっているとか決めつけられることではない。

でも、自分の知らないところで勝手に決められたことに、納得できる人なんているだろうか。

四年前。
抗うことも、縋ることもせず、尽との別れを受け入れた。
あの時は、そうするしかないと思っていた。


でも本当は、


(わたしが……逃げ出したかっただけかもしれない)


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