絶対に、泣くまいと思っていた。


みっともない姿なんか、見せたくなかった。
大人の女らしく、冷静に、物わかりよく。
当然のごとく別れを受け入れるつもりだったのに、堪え切れなかった涙が頬を伝って滴り落ちる。

尽の口から出て来る言葉は生意気で、偉そうで、ちっとも甘くない。

でも、

甘い言葉はなくとも。
セフレの域を出ないような関係にしか見えなくても。
未来を、結婚を約束したわけじゃなくとも。

いま彼が持てる最大限の愛情を注いでくれているのだと、感じていた。

照れ隠しでわたしを睨む目から。
強引にわたしを抱きしめる腕から。
言葉を紡ぐためじゃなく、キスするためだけにあるんだと言わんばかりの唇から。
彼の気持ちは痛いほど伝わってきた。


だからわたしは、いつまでもこの夢から醒めたくないと思っていた。


「弁護士として、アイツが置かれている微妙な立場を知る者として、あなたとの付き合いを認めるわけにはいきません。ただ……別れの準備をするための、時間を稼ぐことはできる」

「それは……依頼人の利益に反するんじゃないですか?」


彼の申し出は、親切心から出たものだとしても、弁護士という立場では許されないのではないかと問えば、苦笑いされた。


「依頼人は、自分がしたことを尽に勘づかれ、恨まれたくないんですよ。あなたと尽が円満に別れるために必要なことならば、許容するでしょう。こちらが提示したものはいらないと仰いましたが、伊縫さんから、何かご要望はありませんか? できる限り、ご希望に添えるよう尽力します」

「だったら……一つだけ」


おそらく二度と会うことはないだろう彼になら、一つくらいみっともないワガママを言っても、許される気がした。


「今月いっぱい、お時間をいただけますか」


いままでの相手とは、何となく始まって、何となく終わっていると感じた頃に別れていた。
無理やり気持ちを断ち切るのに、どれくらいの時間が必要なのか見当もつかない。

でも、きっと期限を切らなければ、断ち切れない。


「わかりました。依頼人にはわたしから説明し、必ず納得してもらいます」

「……ありがとうございます」


即答してくれた彼に、心の底から感謝して、深々と頭を下げた。