政略婚~腹黒御曹司は孤独な婚約者を守りたい~
祖父の遺志
それは突然のことだった―――心の準備もなにもなく。
いつものようにお祖父さんに新聞を持っていって、声をかけた。
返事はなく、振り返ると微笑むように眠っていた。
だから、なのか。
私はその時、泣けなかった。
まるで現実味がなかったのもあるし、死んでいないと思いたかったのかもしれない。
町子さんを呼ぶと、それからは私はお祖父さんのそばには一切、寄れなくなってしまった。
たくさんの人がお祖父さんを囲んでいて、顔も見ることができなかった。
私は井垣の娘だけど、娘として認めてもらえてないから。

「寒いわねぇ」

町子さんが泣き腫らした目でそう言った。
私は小さくうなずいて、窓の外を眺めた。
私がこの家にやってきた時を思い出させるような雪が灰色の空から降っていた。

「お湯を沸かしておきますね」

雪が降り、寒い中の葬儀だったけれど、大勢の弔問客(ちょうもんきゃく)が訪れていた。
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