Let's鬼退治!

第7話

「先生たちも巡回してるけど、ももたちもお願いできるかな」

「分かった」

「いっちーと二人でね。絶対一人になっちゃダメだよ」

 深く息を吸ってから、ゆっくりとそれを吐き出した。

あたしはこん棒の位置を確認する。

いっちーと目を合わせた。

「よし。行こう」

「任せろ」

 ウォーミングアップは出来ている。

さっきまでの緊張とは、全く意味が違う。

あたしは巡回中の腕章に手を触れた。

この校内でそんなこと、絶対に許さない。

 賑わう教室一つ一つを、丁寧に見て回る。

あたしの傷は疼いていなかった。

出入りの激しい学祭の最中で騒ぎ立てるわけにもいかず、笑顔を振りまきながら慎重に見て回る。

「あれ? どうしたの、二人とも」

 さーちゃんとキジだ。

さーちゃんの頭が坊主に戻ってるから、今は休憩中らしい。

「鬼が入り込んだって」

 声を潜めて、そうささやく。

さーちゃんとキジの顔色も変わった。

「その巡回中の腕章はもうないの? あるなら貸してくれない?」

 キジが言う。

あたしはポケットから余っていたそれを取り出した。

「あるけど、いいの?」

「仕方ないじゃない。鬼が出たと聞いて、黙ってはいられない」

 キジは腕に腕章を通した。

「ベルトとこん棒は?」

「体育科準備室横の倉庫に入ってる」

 鍵も渡す。

さーちゃんは食べていたパイナップルを平らげた。

「しょうがないな」

 その串をくわえたまま、ニッと笑った。

「協力してやんよ」

「腕章つけてれば、他の人も分かってくれると思う」

「了解」

 さーちゃんとキジが味方になってくれるなら、心強い。

はーちゃんとしーちゃんだけでなく、あたしの見知らぬ生徒の腕にも『巡回中』の腕章がついている。

あたしはこん棒の柄を、もう一度しっかりと握りしめた。

「絶対にぶっ殺す」

 イベント会場になっている校舎の中は全部見た。

あとは屋外会場だけだ。

一旦校舎の外に出る。

遠くに見かけたクソダサ青ジャージの細木も、腕に腕章をつけていた。

まぁ先生ならみんなつけてるか。

ぐるりと一周してみたけど、特に気になるところもない。

「もう一回校舎に戻って、トイレとか見て回る?」

 いっちーはスマホをとりだした。

「あ、ダメだ。鬼検索アプリ、終わってたわ」

 中庭から校舎を見上げた。

賑やかに飾り付けられた、いつもとは全く違う落ち着かない校内に、あたしの胸も騒ぐ。

「もう一回全体を回ろう」

 鬼の気配を探っている。

嗅覚を働かせるように、感性を研ぎ澄ます。

人の多すぎるせいか、腕の傷はなにも教えてはくれない。

「一花! ももちゃん」

 桃たちがやって来た。

彼らの顔にも緊張が見られる。

鬼退治の公認刀をぶら下げているんだ。

連絡は入ってるか。

「見つけた?」

 桃は首を横に振った。

「こればっかりは、対面しないとどうしようもない」

 時計を見上げる。

一般公開の時間は3時までだ。

間もなく2時半になろうとしていた。

「それまでに見つかるかな」

「出来れば何事もなく、退散してくれることを願うね」

 巡回のため桃たちと別れる。

すぐに一般公開終了を知らせるアナウンスが入った。

それと同時に、人々の波は引き始める。

屋台や出し物の片付けも始まった。

本当にこのまま退いてくれるかな。

「後で被害の報告がなければいいんだけど」

 いっちーのスマホに連絡が入った。

桃たちは学園を後にしたらしい。

在校生だけの後夜祭準備が慌ただしく始まっている。

疼かない傷に、あたしは少しほっとしている。

一般公開が終了して、在校生以外は全員が外に出た。

正門の高い鋼鉄門が閉じられるのを見届けると、ようやくその緊張を一段階解く。

腕章をつけた先生や生徒会メンバーも、全員がそこに集まっていた。

小田っちがあたしたちに声をかける。

「よっ。無事だったか?」

「せんせ~い!」

 うっかり涙声になってしまった。

「もう大丈夫だ。俺が保証する」

 あたしは鼻水をすする。

「だけどな、このこん棒ぶら下げている以上、いつでも気ぃ引き締めとけよ」

「はーい」

 ぞろぞろと引き上げていく先生たちの間に、細木と堀川の姿もあった。

あたしはなぜだかそれに、またちょっとだけ不安と安心を覚える。

「もも。後夜祭行こう」

 だけど、いっちーにも笑顔が戻ったし、ヘンな心配はさせたくない。

あたしは元気よくそれに笑顔を返した。

「うん! さーちゃんとキジも誘おう」

 屋外の特設ステージに先生たちが上がった。

そこには細木の姿もあって、相変わらず生徒からヘンな笑いを奪っている。

湧き上がる会場のなかで、なんだか言葉にならない不安と緊張を抱えていることに、あたしは気づいた。
< 48 / 71 >

この作品をシェア

pagetop