扉が閉まったら
暦の上で、季節は冬。
行き交う人の服装がすっかり冬らしくなってくる頃には、これから続くイベントに向けて、街中が恋人たちの仕様へディスプレイされていく。
――にも関わらず、私は日々残業に追われて、彼と会えない日々が続いていた。

(はぁ……定時で上がれるのなんて何日振りだろう……)
何とか仕事を片付けて帰る途中。エレベーターを待ちながら、思わずため息が零れた。

(まあ、繁忙期だから仕方ないんだけどさ)

とはいえ、流石に連日の残業は体に堪える。

(今日は早く帰ってゆっくりしよ……そうだ、コンビニでアイスとお酒買って帰ろうかな)

そんなささやかな贅沢さえ、今のわたしには最高のご褒美だ。
けれどそんな想いとは裏腹に、スマホに触れるわたしの指は彼の連絡先を探してしまう。

(お酒と、アイスと……あとは直人さんがいれば本当に幸せなんだけど……)

結城直人――同じ会社の違う部署にいる恋人も、例に洩れず繁忙期だ。
ここ最近、辛うじて連絡はとれているものの、同じ社内にいてすれ違いもしない。

(会いたいな……)

それが無理なら、せめて声だけでも聞きたい――。

(でも、まだ仕事中だよね)

通話ボタンの上で指を彷徨わせた後、誘惑を振り払ってスマホをバッグにしまい込む。

(いま声を聞いたら、会いたくなっちゃう……)

彼のことだから、そう言えばきっと会いに来てくれる。
分かっているからこそ、その優しさに甘えたくは無かった。
こんなことで、彼を煩わせたくはない。

「よし、大丈夫……。今さえ乗り越えれば、またすぐに会えるんだから」

自分に言い聞かせるように呟くと、ちょうどエレベーターが到着した。

「え……」

ドアが開いた先にいた人物に、思わず声が出てしまう。

「直人さ……」
「『岡田さん』、いま帰るとこ?」

彼の声がわたしを格式ばった名前で呼ぶのを聞いてはっとする。

(そうだ、まだ社内だった……!)

会えた嬉しさと運命じみた展開に動揺して忘れる所だった。

「――結城課長。お疲れ様です」
「お疲れ様。これ下に行くけど、乗るか?」
「はい。失礼します」
「1階だよな」
「はい」
「じゃあ一緒だ」
(なら、少なくとも1階までは一緒にいられるんだ……)

それは時間にしてみれば、ほんの些細な間に過ぎない。
けれど、少しでも傍にいられることが嬉しかった。

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