腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
7.南座興行
南座興行が始まった。
左右之助さんが女形をやるということが話題になって、客席の入りは平日でも上々だ。
『語るも恋 聞くも 恋語りたまへとせめられて〜』
清元さんたちも気合いが入っているのか、出囃子が南座中に朗々と響く。

南海の孤島・鬼界ヶ島。この寂しい島で、その日その日をどうにか生き延びている三人の男。まずは鴛桜師匠が演じる俊寛が岩陰から登場する。足取りはよろよろとおぼつかずいかにも哀れだけど、どこか高貴さを感じさせる佇まい。
最後のお役と言われる大役を初めて務めるのだけれど、やっぱりさすがだ。ちゃんと僧侶としての高貴さや品を持ち合わせながら、流罪の身が哀れで胸を打つ。
芝居は出(で)と引っ込みが難しいというけれど、まずはしっかりと出をこなして観客の心を掴んでいた。

次に桜枝さんの成経。
『三人互いの身の上を包むにはあらねども──』
普段はあんな風にチャラチャラしているけれど、子供の頃から歌舞伎が当たり前のように身近にある環境で生活している御曹司はやっぱり違う。舞台に出るだけで、ぱっとその場が明るくなるような華がある。すっごくいいとは思わないけど、努力の跡は感じられるし、声も滑舌もいい。
けれど──これから結婚する千鳥が可愛くて可愛くて仕方がないって惚気る場面なのに、いかんせん熱が足りないように見えるのは私だけだろうか。

「次は、いよいよ左右之助さん……」

出てきた瞬間、わあっと客席が湧く。
「か、可愛い……!」
素朴で強い、芯の通った千鳥。
決して恵まれていない暮らしの中で、大好きな成経を見る目が熱い。少将と結ばれて、しかも少将の仲間二人も家族になってくれるという結婚前の喜びに包まれて、幸福の絶頂でキラキラしている。

左右之助さんが朝ごはんの時に『家族ができたんだなあ』としみじみ呟いていたことを思い出す。千鳥も欲しかった家族ができて、死ぬほど嬉しかったに違いない。
『この島の山水 酒ぞと思う心が酒 この鮑の貝のお盃いただき
今日からいよいよ親よ 子よ 兄んじょ 父様(ててさま)……』
いつの間にか私の瞳から涙がとめどなく流れる。ご贔屓さんたちに挨拶をしなければならないことも忘れて、私は玄兎さんの千鳥に見入っていた。
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