私が今まで絵本書いてこれたのは、
両親や、父方と母方の祖父と祖母や叔父に叔母従兄弟の4つ年下の女の子と10個年下の男の子に、近所のおじさんおばさん、友達や、知人や、同じ作業所の仲間であり、友達の方、作業所のスタッフの方、

亡くなった作業所の大好きな先輩や、私を初めて叱って下さった親友で天国へ行ったのぐちゃん。

中学の時のいじめ、わざわざいじめて下さって沢山気づきを与えて下さった同じ学年の皆さん、

中学の国語の先生。将来は作家かな(´・ω・`)?この言葉がなかったら、作家になんてなろうって思えなかった。すごい人気とか不安定な仕事で、叩かれて批評されてって、お給料も安定しないし。

漠然とこれが当時の私の頭の中にモヤモヤとありました。

後は、いつも作品読んで下さった高校の先生😌

私に思いを伝えて下さった精神科の先生も作品読んで下さった。
絵本の情報雑誌とか調べて教えて下さった😌💕
今も昔も21才の時から、私のお父さん❗であり、私の精神科の主治医むーちゃん😆
芸術が大好きで、シェイクスピアやゴッホや映画の話それもタイトルまで教えて下さった(*´∇`*)美術館は世界中の全ての美術館に行ったことのある先生😁クラシックきちがいともおっしゃっています😃

そんな先生に、いいと思うとか、才能あるとか、ここはこれを訴えたらよりよくなると思うとか、伸びる指導をして下さった😌
お父さん😌先生ありがとう(*´▽`*)

元彼にも、感謝しないといけない。

後二年続けてから、やめな。
10年続けることは大変なことなんだから。
いつか必ず認められるからそれまで頑張んな。
俺、しがさちゃんのためなら死んでもいい。
しがさちゃん、死にたくなったら俺に言えよ?
この言葉があったから、生きなきゃと思えた😢
ありがとう😭
文芸社さんと日本文学館さんには無料で作品添削して頂いて、文芸社さんには担当の方がついて下さったのに、出版できないのか・・・・・・😵いいやと思って、それから作品出版社に添削に送らなくなってしまいました😨
でも、だから自分の色を出せたかもしれない。
いつもチャンスを棒にふる癖なんとかなんないかな⁉️
気づいたのが1年後とか超迷惑マイペースなんだよね😅能天気(つд⊂)自分勝手だね😵
それと、やっぱり書こうと決めたら、スランプの時も精神科で入院中にも作品書いてた私。







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