冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
不意打ちの訪問者
「さすがに寒いなあ」

 十一月も終わりを迎えれば、外に出るのに完璧な防寒具なしではいられない。吐き出した白い息が、ますますその寒さを伝えてくるようで、コートを着込んだ上から思わず腕をさする。
 時計を見て「よし!」と気合を入れると、読み終わった本の入ったバッグを手に寒空の下を早足で進んだ。

『本ぐらい買っていいんだぞ』という一矢さんの視線はひしひしと感じるが、本当に手元に残したいものと、どうしても読みたいのに扱いがないもの以外は図書館を利用している。そうするのは意地ではなくて、図書館へ行くことそのものが私の楽しみになっているからだ。

 返却を済ませると、次に借りる本を物色する。最近は洋食に挑戦しており、今日もレシピ本を借りるつもりだ。そうして数冊選び出して貸出手続きを終えると、今日は留らないで再び外に出た。

 出発が遅くなってしまったから、早めに帰らないと……。
 ふと、鈍色になってきた空に目を凝らす。天気が崩れるのはもう少し後の時間帯だと言っていたが、どうも怪しい。急いだほうがよさそうだと、マンションに向かって歩き出した。


「あら? 優じゃないの」

 それは突然の再会だった。あと少しでマンションが見えてくるというところで、思わぬ人物が声をかけてきた。

「陽、お嬢様」

 心臓がドクリと嫌な音を立てた。

「外側だけは、まあまあの格好だけど……」

 一矢さんに贈られた服を纏った私を、頭の先からつま先まで不躾にじっとりと見られ、思わず身を竦ませた。彼女の表情には、明らかな不機嫌さと嘲りが浮かんでいる。

「相変わらず、あか抜けないわね。辛気臭い顔」

 そう言って顔をしかめた陽は、白のニットワンピースに真っ赤なロングブーツを合わせ、高級そうなコートを羽織っている。

「ふん、まあいいわ。あなた、最近ずいぶんと贅沢しているようね」

 彼女はたしか、好きな人を追いかけて海外へ行ってしまったと聞いていたが、どうしてここにいるのだろうか。心に突き刺さるような言葉を受けながら、状況を把握しようと必死で頭を働かせた。

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