若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい

《6》


『誰も恨んじゃいけねぇ、自然が相手なんだから』

 荒天のため船体が破損し、貨物船と衝突事故を起こした十五年前の冬。ケミカルタンカーから流出した油の量は1000トンに満たなかったものの、近隣諸国の自然環境や産業へ一時的なダメージを与えたのは事実で、鳥海海運はこの事故によって十億円近い拠出を行っている。その結果、一年ほどで漏れ出た回収も落ち着き、事故を起こした船体も撤去されたため、人々の記憶からは比較的早く風化していったように感じられる……一部の人間を除いて。

「つまり、事故は誰も予測できなかったってことだな」
「……そうですね」

 鳥海海運が起こした事故は海外で起こった主要なタンカー油流出事故と比べれば幸い火災も起きず、油の流出量も少ない。それでもひとりの航海士が死に、会社も多額の損害を出した。マツリカは仰木の言葉に打ちのめされ、カナトに引きずられる形で支配人室をあとにした。
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