彼と私のお伽噺
御曹司様の嫉妬

 婚姻届を突きつけられた翌朝。朝食に使った食器を洗っていると、昴生さんがネクタイを巻きながら後ろから近付いてきた。

「なぁ、咲凛」

 私に寄りかかるように背中から抱きついてきた昴生さんに低く甘えるような声で呼びかけられて、食器を滑り落としそうになる。

 子どもみたいに私の首筋に頭を摺り寄せてくる昴生さんの行動にドキドキしていると、彼が私の肩に顎を寄せて横から顔を覗き込んできた。その距離が、近い。

 今までだって昴生さんが私に近付いてくることはあったけど、ここまであからさまにべったりとくっつかれることはなかったから、どう反応すればいいのかわからない。

 ソワソワしながら食器についた洗剤の泡を流していると、昴生さんが私の耳元で問いかけてきた。

「なぁ、そろそろ決断した? 昨日のこと」

 昨日のことというのは、婚姻届のことだろう。

 朝目覚めて顔を合わせたときも、朝食を食べているときも昴生さんの態度は普段通りだった。

 もしかしたら、昨日のことは夢か冗談だったのかもしれない。そう思ったけれど……。

 こうやって機嫌を窺われているということは、どうやら私が昴生さんから婚姻届を突きつけられたのは現実に起きたことらしい。

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