冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~

6 姫様は特別


「ちゅめ?」

 エヴァンが小首をかしげる。魔族もみんなで首をかしげた。

 思わず噛んでしまったことに、ティララは恥ずかしくなり慌てて訂正する。

「つめ! つめ!!」

 ティララが小さい手で、長く伸びたエヴァンの爪を掴んだ。
 魔族には衛生観念はない。

「ちゅめ、とは爪のことか?」

 エヴァンの問いに、ティララはコクコクと頷いた。

「だから前から爪を切れと言ったでしょう」

 はぁ、と小さくため息をつき、ベレトがポケットから爪切りを出した。

「だが、面倒だ」

「どうせ切るのは私です」

「時間の無駄だ」

「ティララちゃんを傷つけたくないのでしょう?」

「うむ」

 エヴァンはつっけんどんにベレトに片手を差し出す。
 ベレトは当然のようにエヴァンの手を取り爪を切った。

 大理石の床に爪がそのまま零れ落ちる。

「次は左手です」

「うむ」

 ベレトの言葉に素直に従い、エヴァンはティララを抱え直し、左手を差し出す。
 部屋の中央で、爪を切る大魔王とその腹心。
 パチパチと爪を切る音が、大広間に響く。

 ティララはそんなふたりを見て笑った。

 ベレトが「おかん」の意味がわかったわ……。ベレトはパパの「おかん」なのね。

 小さく笑うティララを見てエヴァンが尋ねる。

「もう泣かないのか?」

「スラピ、いじめないなら、なかない」

「スラピはいじめない」

 大魔王にスラピと呼ばれ、スラピはピキっと固まった。ティララは思わず噴きだした。

 エヴァンはスラピを見た。スラピの緑の体は、恐怖のあまりブルブルと震える。

「スラピよ、お前は今まで良く俺の娘と妻を助けてくれた」

「ピ!?」

 スラピは目を白黒させた。
 上級魔族が下級魔族に話しかけることは少ない。礼などもってのほかだ。
 スラピが今までティララと一緒にいたのは、ティララの母が人間でスラピの友達だったからだ。
 魔王の命令ではない。

「よって褒美を授けよう」

 エヴァンはそういい、中に指で丸を描いた。
 するとそこから王冠が現れ、ポスンとスライムの頭に落ちた。
 ボヨンとスライムの体が波打つ。そうしてひとまわり大きく膨らんだ。
 スラピはなにが起こったのかわからずに、目を泳がせてた。

 ザワザワとざわめく魔族たち。

「お前は今日からスライムの王だ」

「ピィィィィ!?」

 スラピは叫び、硬直した。

 ティララも驚く。

 え!? スラピって、今、スライムの王になったの!?
 長方形の吹き出しは初期設定じゃないの!?

 ティララは混乱する。
 スライムも混乱する。
 エヴァンは飄々(ひょうひょう)として続けた。

「我が娘、王女ティララの第一の臣下としてこれからも誠心誠意仕えよ」

「ピィィ!!」

 スライムはキリリと体を引き締めて、ビシリと答えた。

 ティララはその様子がおかしく、そしてとても誇らしくてニッコリと笑う。

 花の綻ぶようなティララの笑顔を見て周囲の魔族がザワついた。

「笑いましたよ! 魔王様! 姫様が笑いました!!」

「やだぁ! 可愛いじゃなぁい!!」

「ひめさん、こっちみてー!!」

「見る、見て」

「こっち見て笑って!!」

 キャーキャーと軽薄に盛り上がる魔族にティララは驚き、エヴァンの胸に顔を埋めた。

「黙れ!!」

 エヴァンが一喝する。大魔王のひとこえにシーンと静まりかえる大広間。
 大広間の空気はエヴァンによって支配された。

 ティララが恐る恐る顔を上げると、エヴァンも恐る恐るティララを見た。

「ティララ……怖かったか?」

 子犬のように小首をかしげる魔王の姿に、ティララはクスリと笑った。

「パパ、いればこわくない」

 ティララが答えると、エヴァンは(とろ)けるように笑った。

「ティララちゅあん……、ほっぺのおキズ、ベレトめにみせてくだちゃい」

 ベレトが手を伸ばした。

「ひっ! やぁぁ!」

 ティララが悲鳴を上げた瞬間、エヴァンがベレトの顔を横殴りに殴った。

 ポロリとベレトの頭が落ちる。
 ベレトは慌てて自分の頭をキャッチした。
 もともと死体だからか血は出ない。

 首が……首が……取れた? 嘘でしょ!?

 ティララはその様子を見て血の気が引いた。
 ホラーは平気だがスプラッタは苦手な彼女は、転がり落ちるベレトの首を見て気を失った。

「ちょっと、エヴァン、乱暴は止めてください! 頭戻すの面倒なんですよ!!」

「これくらいなんでもないだろう」

「なんでもないですけど!! ほら、ティララちゃん気を失っちゃっいましたよ!」

「!! ベレトめ! どう責任を取るつもりだ!」

「いや、悪いのはエヴァンでしょうが! とりあえずベッドへ!!」

「うむ」

 エヴァンが慌てて退出しようとしたところで、魔族たちの悲鳴が上がる。

 ベレトはハッとして、エヴァンを引き留めた。

「エヴァン!! 今月の闇の魔力の恵与がまだです。モンスターどもに闇の魔力を与えてください」

「っチ!!」

 エヴァンは舌打ちをすると、魔法陣をダンと踏みつけ天に向かって指を突き立て、ティララをマントの中に隠す。
 すると、その指先から漆黒の闇が吹き出して、天井にぶつかり雨のように大広間に降り注ぐ。

 魔族たちは天井を仰ぎ、まるで慈雨のようにその闇を体いっぱいに受け止めた。

「おお……。魔力が満ちてくる」

「魔王様の力だ」

 スライムもピィピィと喜び、飛び跳ねる。

 しかし、ティララの周囲だけ闇が弾かれた。

 漆黒の雨の中、魔族たちの感嘆が満ちる。

「姫様は特別ね」

 サキュパスの声を聞き、エヴァンは満足げに微笑むと、気を失った愛娘を抱え、大広間をあとにした。

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