ピアニスト令嬢とホテル王の御曹司の溺愛協奏曲
プロローグ
 広い音楽ホールの中に、恐ろしいまでの静寂が広がる。
 舞台上では、これから伝統ある「ポール・クライン国際ピアノコンクール」の優勝者が発表されようとしていた。
 十二名のファイナリストとその関係者、そして耳の肥えた聴衆たちが客席にひしめき合い、舞台上に立つ主催者の老紳士の様子を固唾を飲んで見守っている。
 薄く笑みを浮かべた主催者は手元に渡された二つ折りの紙を開くと、朗々と響き渡る声でその名を高らかに告げた。

“The first prize……Miyako Ichijyo!”

 ミヤコ・イチジョウ。一条都。
 耳に流れ込んできた文字列が一拍置いて脳内で人名として変換された瞬間、私は無意識のうちに跳ねるように座席から立ち上がって快哉の声をあげていた。

「きゃあああ! おかあさん! おかあさんがいちばんだ!」

 私が叫ぶと同時に会場に詰めかけているたくさんの観衆も拍手と歓声を上げ、爆発的な熱狂が場を包み込む。
 誰も彼もが手放しで賛辞を送る中を、上品な濃紺のドレスをまとった今日の主役がしとやかに歩いていった。
 言わずもがな、優勝者にして私の母である一条都だ。

 舞台上で繰り広げられる華やかな表彰の光景をきらきらとした瞳で見つめながら、幼心に私は誓う。

 ――いつかわたしも、おかあさんのようなすてきなピアニストになりたい!

 それは私、一条六花(いちじょうりっか)が五歳になってしばらく経った、ある日の出来事だった。
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