帰宅すると、玄関には私の嫌いな靴があった。

「また来てる……」

 その靴からなるべく離れたところで、自分の靴を脱いだ。

「ただいまぁ」

 居間に顔を出す。本当はこのまま自室に直行したいけれど、家の構造上、ここを抜けなければ子供部屋には進めない。子供部屋って言っても(ふすま)一枚隔ててあるだけだから、テレビの音も足音も丸聞こえ。

 引っ越ししてもっとちゃんとした自分の空間が欲しいんだけど。なんてそんなこと、シングルマザーの母には言えないでいる。不純な動機で受験した私立校、双葉桜高校に合格した時、親戚に頭を下げた母の背中を知っているから。

 いつもより濃い化粧の母と、あの靴の持ち主は、食卓でコーヒーを嗜んでいた。

「おかえり、真莉」
「おかえり、真莉ちゃん」

 母に続いて笑顔を向けてくる男。「お邪魔しています」は、いつから言われなくなったんだっけ。

「……あのぉ、週末は毎週ここに来るって決定したんですか?先週も来てましたよね?」

 目も合わせたくないから、冷蔵庫の扉で顔を隠す。母の趣味じゃない缶ビールが三本見えて、夜まで居るのかと虫唾が走る。

「そうだね。そういえばここ最近は、毎週になっちゃってるね」

 呑気な声に腹が立つ。回答も私が欲しかったものではないし。

「今日は刺身を買ってきたんだ。真莉ちゃんはマグロが好きだって、由佳子(ゆかこ)さんに聞いたから」
「どうも」
「サーモンやカツオもあるよ」
「そうですか」

 ぶっきらぼうに答える私に、「真莉」と強めに名前を呼ぶのは母。

「そうですかじゃないでしょう?和希(かずき)さんがせっかく買ってきてくれたんだから。お礼くらい言いなさいっ」
「ありがとうございます」
「冷蔵庫にじゃなくて、和希さんに向かって」

 大きく顔を歪めて、すぐに戻して、冷蔵庫内に地震を起こしながら扉を閉める。
 ビクッと肩をあげた男は、真っ直ぐこちらを見つめていた。

「ありがとうございます、宇田さん」