偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

「見せびらかしてるんだ」
「……はい?」
「あ、いや……経営者の俺が自ら宣伝すれば、他の参加者にいいアピールになるだろ?」

 自分の言葉を直後に訂正して真顔で頷く響一だが、その説明はなんだか言い訳っぽい、と思ってしまう。

 確かに黒いスーツに身を包み、イベントの最中にスタッフに話しかけられて席を外す姿を見れば、他の参加者も響一がこのホテルの関係者であることは薄々勘付いていそうだと思う。

 しかし今の響一は、仕事中は常に身に着けている『総支配人』のネームプレートを外しているのだ。まさかそんな人がクリスマス限定のブライダルフェアに参加して、妻といちゃつく姿を大衆に晒しているとは誰も思うまい。

 だから『経営者が自ら宣伝している』とは誰も思わないはず。『なぜかスタッフが参加している』ぐらいにしか思われないならば、彼の意図は誰にも伝わらないだろう。

 むしろあかりの方は、恥ずかしいからこのままバレないで欲しいと思うぐらいだ。

 そんな調子で縮こまっているうちに予定されていたイベントのタイムテーブルが全て終了する。スタッフの最後の宣伝と挨拶を聞くと、参加者しているカップル達も立ち上がり、ちらほらと会場を出ていく。

 その流れに乗り、たった今座ったばかりの響一もゆっくりと席を立った。

「ほら。手出せ」
「……え?」
「次は完全なプライベートだ。もう誰にも邪魔させない」
「!」

 その動きに追随して立ち上がろうとしたあかりに、響一がそっと手を差し出す。

 口調はやや冷たいがあかりを優しくエスコートするような仕草と表情に、またそっと見惚れてしまう。もうこの人と結婚しているのに、自分はこの人の妻なのに、毎日響一に恋をしている気分になる。

 恥ずかしさに俯きながら、響一の手に自分の手を重ねる。その手をぎゅっと握り返されると、また心臓の音がドキドキと加速するようだ。

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