ズルい男に愛されたら、契約結婚が始まりました
当主が不在でも、屋敷の奥にある書斎は文香も守口も自由に使うことを許されている。
ここは防音もしっかりしている部屋なので、密談には最適な場所だ。
女中のひとりが茶を運んできたが、守口が受け取ってすぐに下がらせた。
「どうしたの? そんなに聞かれたくない話なの?」
「はい、奥様」
いつも以上に守口の表情が硬い。
「我が家の噂話ならもう聞きたくないわ。航大が亡くなって後継ぎをどうするのかってあちこちで言われてるんでしょうけど」
「実は、分家について情報が入りまして」
「あら、和臣さんのところ?」
文香の美しく描かれた眉がピクリと動いた。彼女が興味を持った証拠だ。
「はい。まだ公にはされていないのですが、友哉さんが結婚なさったそうです」
「え? なんですって?」
文香は自分の知らない間に結婚という重大事が行われていたことに不快感を隠さない。
「去年の秋頃に、すでに入籍されています」
「友哉さんはひとり息子ですよ。お相手はどなた?」
「製薬会社の研究員と聞いています」
「どこのご令嬢?」
ますます文香は眉をひそめる。
「普通のお家の方でございます」
「まさか」
「和臣さんが反対しなかったの?」
「あれだけ浮名を流していた方ですから、和臣様も落ち着かれてよかったと思っていらっしゃるそうです」
守口が話し終えると、文香はしばらく考え込んでいた。
「信じられないわ。私なら許さない」
次に文香が口を開いた時にはすっかり顔色が変わって、その頬は怒りで赤くなっていた。
「お屋敷の離れを、新婚夫婦のために改装なさっておられます」
「ええ、そのリフォーム工事のことは聞いてるわ。人出が足りないからって、うちから家政婦を行かせたわよね」
「その者が小耳にはさんだのです。航大さんの遺言を友哉さんが聞いていたらしいと」
「なんですって!」
「和臣様がお電話で話しておられるのを偶然聞いたらしいのです」
「遺言……」
文香の怒りが頂点に達したのか、ブルブルと震え始めた。
「友哉さんもなにをお考えなのか……奥様が話を聞きたいから、本家に来るようにと何度もおっしゃっていましたのに」
守口の言葉は文香をいっそう煽った。
「そうよ。友哉さんたら、仕事が忙しいなんて言いながら結婚してたなんて」