彼の気怠い猫のような表情は、ドキッとするほど色っぽい。

「え、わ、私に話しかけてます?」

何においても地味な自分に話しかけてくるような相手ではない彼が、突然話しかけてきた事実に動揺し、桃子の視線は彼の机の辺りをキョロキョロとした。

まっすぐ彼の目を見ることなどできない。あんな綺麗な目は遠くでこっそり見るものだ。

「そうだよ。俺、本とかよく分かんねぇからさ。山吹さんって図書委員だよね?なんかおすすめない?俺にも読めるようなやつ」

桃子は彼の言葉が自分に向けられているというそれだけで、自分の顔が赤く火照ってくるのを感じていた。

三年生のクラス替えで一緒のクラスになっただけでも奇跡だと思っていたのに、席替えで偶然隣の席になった。これだけでも自分の人生の3分の2の運は使い果たしたのではないかと桃子は思っていた。

それなのにどうだ。今、彼は彼女に話しかけてきている。

学校一のイケメン、バスケ部のエースで帰国子女の人気者が、地味で冴えない本好きの図書委員に対して興味を持って話しかけてきているのである。

「わ、若草君」

桃子は意を決して彼の目を見た。

すると彼は、それまでの不機嫌そうな表情から柔らかな笑顔になり、

(ジュン)でいいよ」

と言って右手を顔の前で小さく振った。

その優しく微笑む瞳はキラキラと輝き、桃子を見つめて嬉しそうにしている。

「じゃ、じゃあ淳君、私、今日は一冊しか本を持ってきていないの。だから……」

「そこ!うるさい。あと5分集中しろ」

桃子の声は担任の坂本先生の声でかき消された。

怒られ慣れていない桃子は、ビクッと肩を震わせ、しょぼんとしたが、若草淳はまるでこの状況を面白がるようにニカッと笑った。

淳は桃子の机に向かって体を乗り出し、小声で

「またあとで」

と言った。その声はまるで耳元で囁くように甘く、桃子はクラクラするのを何とか必死に耐えながら、頷くことだけでやっとだった。