若草は頬杖をつくことなく、両手で本を持ち、真剣な眼差しで文字を追っている。
彼の手元を覗き見ると、あと数ページで読み終わることが伺われた。
桃子は、自分の手の中で繰り広げられている冒険小説の主人公達による物語をぼんやりと読み進めながら考えた。
つまり、土曜日と日曜日に彼は❝恋とダンス❞を読んだということではないか?
だとしたら?
桃子は自分に置き換えて考えてみた。
普段から本を読むのが好きな自分ではあるが、そうやってあっという間に読んでしまう本というのは、大抵面白くてお気に入りの本だ。
ということは?
「あ!」
「山吹!いい加減にしろ、読め!」
「す、すみません……」
またもや思ったことが口から出てしまった。
桃子は恥ずかしくて周りの様子を確認することまではできなかったが、何となく隣の席の若草がこちらを向いて面白そうに笑っているような気がしたし、実際のところ若草は、そんな桃子の様子を見て優しくニコッと笑った。
桃子は気を取り直して目線を手元に落とす。
もしかしたら、気に入ってくれたのかもしれない。
そう思うとお腹の底があったかくなるような、胸がくすぐったくなるような喜びが沸々と湧き上がってくるように桃子には感じられた。