この日も、桃子はいつものように部室の隅で作品作りに集中していた。
時間はあと一か月、一日一日が大切だ。
ただ、桃子は少し悩んでいた。
今回の文化祭での作品展示が中学校最後の活動になる。
何か思い出に残るようなものを作りたいと考えてきたが、なかなか案が浮かばない。
とりあえず、今回は刺繡した作品を絵画のように金縁の額に入れて飾るというイメージだけは持っていた。
額の中の作品は、お花でいっぱいにしたいというイメージも持っている。
しかし、そのお花の真ん中にあるものは何だろう?
桃子はお花の刺繍を進めながら、その真ん中に何を刺繡するべきか思案していた。
そんな時、手芸部の部室のドアがノックされた。
「山吹先輩、お客様ですよ」
後輩の一人である二年生の小池真子が桃子に声を掛けた。
「お客様……誰だろう?」
桃子が不思議そうにドアのところまで行くと、真子が
「私達三人は放課後買い出しがありますのでお気になさらずに!では!」
と言って、部室を飛び出して行った。
その後を追って、それぞれ二年生と一年生の後輩がペコペコと頭を下げて部室を出て行った。
「え!え?ま、真子ちゃん達~!!」
桃子の声も空しく、三人は昇降口に向かって廊下を全力疾走していく音が伝わってくる。
「なんか、気を遣わせちゃったかな?」
そう言ってドアの向こう側からひょいっと現れたのは、若草淳である。
「あ!わ、若草君!どうしたんですか?こんな場所まで」
桃子が驚いて聞くと、若草は本を差し出して答えた。
「読んだ本、今日返し忘れていたから返そうと思って。それに、俺文化部の部室棟に来たことがなかったし、手芸部ってどんなところなのかなと思ってさ。邪魔だったかな?」
「そ、そんなことはないです!ど、どうぞ!狭いところですが」