片想い婚
「ありがとう、お姉ちゃん」

 ハンカチで涙を拭き取る手がピタリと止まる。姉は少し戸惑ったように視線を泳がした後、にっこりと笑った。

「やだな、なんか美化してない? 私逃げた後も悠々自適に過ごしてるのよ。遊びまくり。まあ、さすがに遊び飽きてそろそろちゃんとしようかなーと思ってるとこ」

 長い髪を揺らして彼女は笑う。そして力強い声で言った。

「幸せになってね、咲良」

 私は何度も何度も頷いた。姉は立ち上がり、やや睨むようにして蒼一さんをみる。

「蒼一は大人なように見えて肝心な所抜けてるからねー。意外と咲良の方がしっかりしてるかもよ。ほんと、ちゃんとしてね蒼一」

「……言い返せないな」

 困ったようにして呟く蒼一さんについ笑った。そう、二人ってこんな感じだった。私はそんな光景を小さい頃からずっと見てきたんだ。

 蒼一さんがぐっと胸を張る。そしてしっかりした声で言った。

「もう間違わない。これからは咲良ちゃんを悲しませないって約束する」

 真っ直ぐ言い切った蒼一さんを見て、お姉ちゃんは微笑んだ。そして一つ長い息を吐くと、私に振り返る。

「参列してもいい?」

「もちろんだよ! 嬉しい!」

 即座に返答した私に笑いかけると、お姉ちゃんは出口に向かっていく。ドアを開けながら声だけ響かせた。

「安心したわ。これからはほんと、ちゃんと夫婦になってね」

 そう言い残した姉は、外へと出ていってしまった。

 姉がいなくなった部屋で、私の鼻を啜る音が響く。どうしよう、確かにメイクが落ちちゃうかも。近くに置いてあったハンカチを取ろうと手を伸ばすと、先に蒼一さんがとってくれた。

 私の正面にしゃがみ込み、さっきお姉ちゃんがしてくれたみたいにそうっと涙を拭き取ってくれる。

 無言で私の目尻に布を当てながら、蒼一さんが呟いた。

「咲良ちゃん。さっき綾乃に誓ったこと、僕は死ぬまで忘れない。もう君を悲しませない」

 マスカラで伸ばされたまつ毛を揺らす。目の前の蒼一さんの瞳に、私がしっかり映っていた。

 白いタキシードは眩しい。目がくらんでしまいそうだ、と思った。

「たくさん泣かせた。その分、たくさん咲良ちゃんを笑顔にしたい。
 
 これから先何年、何十年と経って、自分が年老いていく中で、隣に笑ってるのは君がいい」

 そっと私の手を握る。温かな大きな手に包まれ、私は胸が温かくなるのを感じた。

 ああ、いいな。

 年老いてシワが増えて、それでも隣にいてくれるのがあなただったら。

 小さな頃からずっと憧れていたあなただったら、それは何よりも幸せなこと。

「蒼一さんがいてくれたら、笑います」

「そっか。僕も咲良ちゃんがいてくれたら笑うよ」

「じゃあ二人で笑い合いましょう」

「うん。泣くなら二人で泣こう」

「はい、悲しい時も一緒ですね」

「今日からまた始めよう。僕たちの結婚。今まで学んだことを活かして、二人で歩き出そう」

 私たちの始まりは突然の結婚式からだった。その後も言葉が足りなくて、片想いだと思い込んでいた生活。

 相手に思いを伝えることがどれほど重要なのか思い知った。決して叶わないと思っていた幼い頃からの初恋は、こうして現実になっている。

 あの人が好きで諦めようとしていた幼い私へ。捨てなくてよかったよ。その恋心、ちゃんと胸に置いておいてよかったね。

 今人生で感じたことのない幸福感に包まれている。愛する人に愛されるという奇跡は、自分が思っている以上にずっとずっと幸せなものだった。



 部屋にノックの音がする。スタッフの人がそろそろ時間が近づいていると知らせてくれる。

 私は蒼一さんの手を借りて椅子から立ち上がる。ふわりと揺れるドレスの裾が柔らかで幻想的だった。

 しっかり愛する人の手を握り締め、私は前を向いた。

 幸せになろう。これからもっともっと。私たちを支えてくれた人たちのために。

「行こうか」

「はい!」

 


 私は今日、ずっと好きだった人と、結婚する。








最後までお読みいただきありがとうございました!
この後サイドストーリーと、二人のその後を少し更新いたします。お付き合い頂けたら嬉しいです。
< 133 / 141 >

この作品をシェア

pagetop