片想い婚
「咲良さん、あっちのお鍋の火を弱めた方が」

「あ、しまった!」

 私はぼうっとしてたのを慌てて自分を戒める。料理を提供するぐらいしか仕事ができてないんだもの、しっかりしなきゃね。

 鍋の中身を確認しつつ、私はあっと思い出したことがあった。洗い物をしている山下さんに恐る恐る尋ねる。

「あの、山下さん」

「はい?」

「山下さんって、ケーキ……とか、作れますか?」

 私の言葉をきき、彼女は笑って答えてくれた。

「ええ作れますよ」

「あの、教えていただけませんか」

 私が言うと、山下さんは手をタオルで拭きながらぱっと顔を明るくさせる。そしてニコニコしながら言った。

「蒼一さんのお誕生日ですか!」

 私は恥ずかしくなりながらも小さく頷いた。

 そう、あと少しで蒼一さんの誕生日がやってくる。子供の頃は下手くそな似顔絵とかを渡していたのが懐かしい。大好きなお兄ちゃんにプレゼントしたわけだが、思春期だった蒼一さんにとっては迷惑だっただろう。

 それでも彼は嬉しいよと喜んで子供の頃の私を褒めてくれた。いつだって彼は優しく、私を面倒みてくれていた。

 私も成長するにつれ、恥ずかしさも勝ち蒼一さんにプレゼントなんかしなくなっていた。そういうのはお姉ちゃんの役目だと思っていたし、何をあげていいかわからなかったと言うのもある。

 でも今は一緒に暮らしていて、書類上だけでも夫婦なのだからお祝いしなくちゃ。ちょっと豪華な料理を作って、できればケーキも焼いてみようかと思い立っているところなのだ。

 山下さんは嬉しそうに笑ってくれる。

「そうでしたね、そうでした! お誕生日でしたね蒼一さん! ぜひ焼きましょう」

「はい、大したことはできないけれど、自分にできることは頑張りたいなあって」

「分かりました、ケーキなんて焼くのは久しぶりだから私も予習してきますね。ほら、私の子供たちも大きくなっちゃったから! 腕が鳴りますね〜」

 私より気合が入っている山下さんを見て笑う。蒼一さんが幼い頃から家政婦として出入りしている山下さんは、きっと蒼一さんのことも子供のように思っているところがあると思う。

 でもよかった、これでケーキは一安心。あとはプレゼントを選ばなきゃ。

 想像しながら顔の筋肉が緩んでくる。喜んでくれるといいなあ、なんて。

 同居人から進歩できない苦しみはあれど、やっぱり好きな人のそばにいることはこの上ない幸せ。誕生日を祝えるなんて、ワクワクしちゃうな。

 私が怪しくニヤニヤしていると、突然山下さんが顔を覗き込んでくる。彼女は嬉しそうに目を線にしながら言った。

「ふふふ、いいですねえ。恋する乙女って感じ」

「えっ!」

「微笑ましいですよ〜! 可愛らしいわ」
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