シークレット・ウェディング
 ──もう嫌だ。あんな最低なクズ男なんて。


『俺と結婚してください』


 雪の降る夜、あいつはがらにもなく真剣な瞳でリングケースの蓋を開けた。


『……っうそでしょ』

『嘘じゃねえよ』

『幸せにしてよ?』

『ったりまえだろ』


 雪あかりでほのかに照らされたあいつの姿が愛おしくて、離したくなくて。


 結局のところ、私も好きで好きでたまらなかったのだろう。



「……はぁ」


 まだ住み始めたばかりの片付けられていない部屋といつもより豪華な食卓を見ながら、私はもう何度目かわからないため息をついた。


 私──神田梓沙(かんだあずさ)は都内の都内のデパートの一角にある衣料品店で働くどこにでもいるようなごく普通の27歳。


 平凡な人生を送ってきた私の唯一平凡でないことといえば婚約者である夏川遼(なつかわりょう)に出会ってしまったことだと思う。


 二個下である遼と出会ったのは夜の繁華街。

 それなりに好きだった元カレに振られ、仕事も失敗し、やけくそ気味に居酒屋をふらついていた私に声をかけてきたのが遼だった。いわゆるナンパってやつ。


 遼は仕事もせず毎日のように女を取っかえ引っ変えする、絵に書いたようなチャラ男だった。


私とはたまに会って飲む程度だったけど、きっと私以上に濃密な関係の女もたくさんいたんだろう。


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