初恋は海に還らない
放っておいてほしいのに



 ────生温い風に乗って、潮の匂いが車内に充満する。それにつられ、私は伏せていた視線をゆっくりと上げた。


 後部座席の窓の外に視線を向ければ、緩いカーブを描いたガードレールの向こう側に、全てを飲み込んでしまいそうなほど大きな海が太陽に反射し、ゆらゆらと波打っていた。


 空は嫌になる程真っ青で、入道雲が気持ちよさそうに浮かんでいる。


 真夏にしか見られないこのキラキラとした美しい光景は、きっと見るもの全ての心を洗ってくれるのだろう。


 けれど、今の私の心はそんなものでは洗い流せないくらいどす黒く、深く深く濁っていた。



「都、おじいちゃんとおばあちゃんの言うこと、きちんと聞くのよ」
「……うん」
「とりあえず、学校のことはお父さんとお母さんがなんとかしておくから、気にせずゆっくりしてね」



 運転席に座る母からの言葉に、私は視線を窓の外から外さずに小さく答えた。



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