社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味⁉︎
***

 仏間からのものだろうか。
 台所を抜けた先にあった居間には、ほんのり線香の香りが漂っていた。


 実篤(さねあつ)の目の前の引き戸は庭に面して大きく開け放たれていて、その先の縁側は薄らぼんやりと明るかった。

 どうやら月光が降り注いでいるようだ。

 縁側には三宝(さんぽう)の上に三角に折り畳まれた半紙が敷いてあって、綺麗にピラミッド状に並べられた団子とススキが飾られていた。

 存外本格的に用意してあることに実篤は感心してしまう。

「準備するん、大変じゃったじゃろ」

 ほぅっと感心のあまり吐息混じりにそう言えば、くるみが頬をほんのり赤く染めてはにかむ。

「そんなに大変じゃなかったです。実篤さんをおもてなししたかっただけですけぇ」

 薄暗さに慣れてきた目が、月光のもと、とても愛らしいくるみの照れ笑いを浮かび上がらせた。

「――くるみちゃん、俺……」

 思わずくるみに歩み寄って、先ほどまで握っていた小さな手を取れば、くるみが実篤を間近でじっと見上げてきて「月が綺麗ですね」とウットリとつぶやいた。

 二人とも屋内にいて、差し込む月光こそ感じられるものの、まだ月なんて見える場所には出ていない。

 それなのに、だ――。
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