一夜限りのはずだったのに実は愛されてました

絡まった糸をほぐしましょう

私は予約の11時に合わせ少し早めの電車に乗り産婦人科へ向かった。
母子手帳は私のバッグに入ったままになっていたのでひと安心。

1ヶ月ちょっと前、ここに来た時は内科で妊娠を告げられ、信じられない思いで受診した。そして、驚いたけど赤ちゃんの鼓動を感じ、とても幸せな気持ちで帰ったのを思い出した。

あのあとから色々な事がありすぎて私はちょっと笑えてきた。
人生の大半がこの1ヶ月に起こったのではないかと思うほどに濃密な1ヶ月だった。

遠くから病院の入口に男性が立っているのが見えた。
産婦人科には似つかわしくない男性が1人でずっと立ち尽くしている。
近づくほどにそれは見覚えるのある人だった。

「拓巳さん?」

私は小さな声で彼の名前を口にした。
するとその声が聞こえたのか私の方を振り返った。

「紗夜!」

私を見るなり走り寄ってきて抱きしめられた。

「紗夜!心配したんだ。身体は大丈夫なのか?」

どことなく疲れたような様子の拓巳さん。
いつもなら髪型も整っているのに今日は何だか様子が違う。平日なのに服装も今日はとてもラフだ。

「拓巳さん、お仕事は?」

「そんなことはどうでもいいんだ。紗夜が家を出てから何も手につかなくて。俺が紗夜の部屋にいるから帰れなくて困ってるよな?でも俺は紗夜と別れたくない。どうしても紗夜と結婚したいんだ!」

病院の目の前で抱きしめられ、周囲からの視線を感じ私は慌ててしまう。

「拓巳さん!離れてください」

「嫌だ、離れたくない。紗夜をもう離したくないんだ」

え?
なんて言ったの?

「紗夜。紗夜のいない人生なんて考えられない。紗夜だけいれば他に何もいらない」

私は拓巳さんの言葉に何も返せなかった。

「紗夜のことが好きだからもう離してやれない。ゆっくりでもいい、今は子供の父親としてしか見てくれなくてもいいから結婚して欲しい。徐々に俺のことを好きになってほしい」

「拓巳さん……」

「紗夜、愛してるんだ」

私は拓巳さんのその言葉に足元から崩れ落ちた。

「大丈夫か?」

拓巳さんは慌てて私のことを抱き上げた。
横抱きにされ、近くに停めてあった車へ連れて行ってくれた。
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