「結」

 後ろから声を掛けられたのでパッと振り返ると、視線の先にいたのはここイリヤホテル東京ルビーグレイスの総支配人、入谷 響一だった。

 久しぶりに会う憧れの人に、結子は仕事に使っていたハサミをワークポーチの中へ収め、作業用のグローブを外しながら響一の元へ駆け寄った。

「響兄さま。お久しぶりです」
「ああ、久しぶり」

 黒いスーツをぴしりと着こなし胸の高さに総支配人のプレートを着けた響一は、結子が最後に会ったときより大人の男性として洗練されているように思う。

 昔からクールな表情と凛とした姿勢を崩さない完璧な姿は変わらないが、今はそれに加えて確固たる自信と大人の色気を纏うようになった気がする。きっと結子と奏一に先駆け、来月ようやく結婚式を挙げることが決まったからだろう。

(響兄さま、本当に幸せそう)

 響一は誰の目から見ても幸福の最高潮にいる。整った顔立ちと生真面目な表情は変わらないが、にじみ出るオーラは『毎日が楽しくて仕方がない』といっている。最近は一切親交がなかった結子でさえ、その空気を感じ取れる。

「今日はありがとう。急な依頼で悪かった」
「ううん、響兄さまの頼みだもん。スケジュールが空いててよかった」