「結子?」

 暗闇の向こうから突然声を掛けられて、身体がびくっと飛び跳ねた。そしてその直後、帰宅してから随分と長い間、同じ場所に座り込んだままになっていたことを思い出す。

「あれ……いないの?」

 帰宅してリビングに入ってきた奏一が照明を灯した瞬間、結子は傍にあったティッシュボックスからペーパーを数枚引き抜いて濡れた目と頬を乱雑に拭い去った。

「なんだ、いるなら電気つければいいのに……どうし……」

 一応入口に背中は向けていたが、音と動きと部屋の暗さから結子の様子がいつもと違う事に気が付いたらしい。途中で言葉を切った奏一が、はっと息を飲んだ気配を感じる。

「結子……? どうしたの、何かあった?」
「……なにも」

 すぐに傍に駆け寄ってきて顔を覗き込んだ奏一が、心配そうに訊ねてくれる。けれど結子は素っ気ない態度で冷たい返事をすることしか出来なかった。

「……あ、今日って外食する日だよね?」
「……結子」
「ごめん、私ちょっと行けそうにないから、奏一さんひとりで……」

 帰宅した奏一の姿を見た瞬間、今まですっかりと忘れていた夕食のことを思い出した。今日はお互い遅くはならない予定だから、たまには自炊やケータリングではなくレストランに食事に行こうと約束していたのだ。