捨てられた聖女のはずが、精霊の森で隣国の王子に求婚されちゃいました。【改稿版】
ままならない心

 王都に着く頃には、もうすっかり日も暮れて、燃えたつようなオレンジ色の夕陽が遥か遠くに見える山の向うに沈みかけていた。

 けれども門扉の奥に広がる王都の所々に設置されたアンティーク調のオシャレな外灯に灯りが灯されているお陰で、物寂しさは少しも感じられない。

 それどころか街中ロマンチックな雰囲気が漂っている。

 その情景に魅了されたように魅入っていると、広々とした門扉の前で馬がゆったりと立ち止まる。

 すぐさま近寄ってきたひとりの守衛にレオンが通行証を掲示している間、もうひとりの守衛によって手荷物を改められた。

 改めるといっても、危険な武器や王国で使用が禁じられている薬草なんかを所持していないか、口頭での確認だけだったので、魔法だとバレやしないかとヒヤヒヤしていた私が拍子抜けしてしまったほどだ。

 まぁ、それだけ、この王国が平和だということだろう。

 数分前まで一緒だったお婆さんのような、乞食がいるということは、貧富の差はあるのだろうが、元いた世界にもあったし、それはどの世界でも共通しているようだ。

 王都を見下ろすようにそびえ立っている王城へと続いているらしい大通りを馬に跨がり進んでいると、私と同じように華やかなドレスに身を包んだ上品そうな貴婦人や貴人を乗せた見るからに豪奢な馬車が通り過ぎていく。

 その傍らには、荷車を押したり、大きな荷物を背負ったりしている、地味な装いをした人々が行き交う姿が見て取れる。

 たくさんの使用人たちを雇っているのだろう貴族であろう人たちと、それらに仕えているであろう平民と思われる人たち。

 同じ人間なのに、生まれ育った環境が違っただけで、こうも違うのか。

 住む世界が違えば、当然、価値観も考え方も違うだろう。

 ましてや、異世界から召喚された私には、想像もつかないくらい、かけ離れているのかもしれない。

 きっとそれは、私とレオンにもいえることだ。

 いつしか感傷的になってしまっていた私は、

「お嬢様。この通り日も暮れましたし、約束の期限も明日までですし、薬草を届けるのは明日にして、このまま宿屋に参りましょうか?」

不意にそう進言してきたレオンの提案に、ビクッと肩を跳ね上げてしまった。

 『宿屋』と耳にした途端過剰に意識してしまったせいだ。

 ドキドキと駆け出してしまった鼓動を鎮めようとグッと手で胸元を抑えつつ、ゆっくりと背後に振り返ってみる。

 すると不思議そうにこちらの様子を静かに窺ってくるレオンの綺麗なサファイヤブルーの瞳が待っていて、またもやドキンと胸が高鳴ってしまう。

 おそらく、顔だって紅く色づいてしまっているに違いない。

 けれど都合のいいことに、靄がかかるようにうっすらと降り積むように迫ってきた宵闇が隠してくれていることだろう。

 それをいいことに、私は、精一杯の明るい声を放つのだった。

 このまま宿屋に向かったりしたら、狭い客室でレオンとふたりきりになってしまう。

 そんなことになったら、意識しすぎて、心臓がもたないだろうし、間だってもちっこない。

 心の準備のためにも、あともう少しだけでいいから時間が欲しい。

 ただただその一心だった。

「だったら、まだ開いてるようだし、市井に行ってみたい」

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